(45)広浜鉄道・今福線の遺構(浜田)

広浜鉄道・今福線の遺構の一つで選奨土木遺産に選ばれたコンクリートアーチ橋。左奥にはトンネルが続いている
「幻の路線」伝える橋群

 戦前と戦後の2度にわたり計画、着工され、いずれも中止された浜田市と広島市を結ぶ鉄道路線「広浜鉄道」。浜田市内には幻に終わった同鉄道の島根県側路線「今福線」の遺構となるコンクリートアーチ橋をはじめ、トンネルや最大で高さ15メートルに達する橋脚などが残っている。

 1度目の建設計画が動きだしたのは1933(昭和8)年。浜田-今福間の全長約16キロの着工が決まり、工事が始まった。

 しかし、40年、アーチ橋やトンネルなど大部分は完成していたものの、戦争の影響で工事は中断。戦後、69年に新計画での着工が決まり、再び工事が始まったが、国鉄の赤字増大などによって、80年に中止となり、未完成のままとなってしまった。

 この間に建設された中で、同市宇津井町から佐野町の下府川沿いに現存する4連や5連のコンクリートアーチ橋群は、優美な形状や歴史的価値に加え、地域にも親しまれていることが評価され、2008年、土木学会から県内では3件目となる選奨土木遺産に認定された。映画のロケ地になったこともある。

 一方、最近は注目を浴びることが少なくなった上、高齢化により、今福線の計画や遺構を知る人も減少。長年、研究してきた郷土史家の桑原彰さん(83)=浜田市相生町=は「今では遺構近くの道路を通る人も少なくなり、通っても、よほど興味のある人でないと目に留めない」と残念がる。

 遺構の中には周辺に草木が生い茂り、見つけること自体が難しくなっているものもあるが、当時と変わらない姿で静かにたたずみ、広島市と浜田市を鉄道で結ぶという大プロジェクトがあったことを、確かに伝えている。

2013年11月21日 無断転載禁止