映画プロデューサーのささやかな日常(10)

第5回TAMA映画賞の特別賞を受賞した「はじまりのみち」=©2013「はじまりのみち」製作委員会
 想像超えたSF、アニメ体験

     現在につながる「種」に

 新年あけましておめでとうございます。昨年は『ひまわりと子犬の7日間』『はじまりのみち』『武士の献立』と僕の関わった映画の公開が続き、まさにわが子が次々と社会人に…とでもいうような、晴れがましくもハラハラする一年でした。

 『二十四の瞳』で有名な木下惠介監督の母と彼を取り巻く家族愛を元に描いた『はじまりのみち』は、市民ボランティアの方々が選ぶ「第5回TAMA映画賞」の特別賞を受賞しました。何より、観客の方のご支持をいただけたことは、本当にうれしく思います。

 そして、昨年12月23日には渋谷の映画館で、東映配給作品『利休にたずねよ』の森田大児プロデューサーと僕との映画クロストークという面白いイベントに参加しました。

 森田さんは東映関西支社の宣伝マンだった時に原作小説にほれ込み、部署の垣根を越えて映画化に奔走、実現させた33歳の若手です。10年前に同じように他業界から映画製作の道に飛び込んだ僕としては、別の会社とはいえ、頼もしい後輩を見るような想(おも)いでお会いしました。

 対談のテーマはそれぞれの映画の原体験。僕の初めて強く印象に残った映画は『Wの悲劇』と『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(ともに1984年公開)。中高生時代にいわゆるアニメオタク寄りだった僕はSF、アニメ、角川映画など、きらびやかでケレンに満ちた、そして自分の想像力を軽く飛び越えてくれる作品が大好きでした。

 週末になると米子市公会堂にほど近い映画館に足しげく通い、ひとり興奮していました。その時の高揚感や流した涙、切なさという感情は、今でも忘れることができません。実は現在も時折見返して、自分の作品の参考にしたりしています。

 一方、森田さんの初めて記憶に残った映画は『ドラゴンボール 摩訶不思議大冒険』(88年公開)と『ディープインパクト』(98年公開)。なるほど、年が10歳近くも違うとこうなるのか、と膝を打ちました。

 とはいえ、同じようにSFやアニメが並ぶのは偶然でしょうか? 森田さんも、自分の想像を超えた世界が存在することを映画で鮮烈に体験したことが、今の仕事を選んだ理由なのかもしれません。

 皆さんにも、忘れられない映画はたくさんあると思います。おおげさではなく、僕はそれらが現在の自分につながる「種」だと思っています。今年もおおいに映画を観(み)て、映画について語り合っていただければ、これほどうれしいことはありません。この年明け、いままでご覧になった映画にもう一度再会してみるのも、一興かと存じます。

 (松竹映像本部 映画プロデューサー・石塚慶生、米子市出身)

2014年2月12日 無断転載禁止