島根ふるさと遺産100選 (25)石見の伝統品

 石見の伝統的な工芸と産業である石州瓦、さらにゆかりの文化遺産を展示公開し瓦も生かす文化施設を紹介する。この連載は今回が最終回。

水盤が広がる県芸術文化センター・グラントワの中庭
グラントワ(益田市)

 美術館と劇場が一体化した益田市有明町の県芸術文化センターはフランス語で「大きい屋根」を表す「グラントワ」の愛称で、県西部の文化発信地として住民に愛されている。

 2005年10月に開館。石見の風土になじむ石州瓦約28万枚が外観を覆う。陽光により、さまざまな表情を見せる石州瓦は、地域住民に親しみやすさを感じさせる。

 石見美術館は、津和野町出身の文豪で、近代美術の発展にも力を尽くした森鴎外とゆかりのある洋画家の黒田清輝ら著名な画家の作品を収蔵。江戸時代の装身具・石見根付、吉賀町出身の森英恵さんが手掛けたドレスなども展示する。

 いわみ芸術劇場では小沢征爾さんがタクトを振ったのをはじめ、歌手井上陽水さんのコンサートも開催。石見神楽や県無形民俗文化財の益田糸操り人形など、地元に伝わる芸能も定期的に上演。質の高い文化を鑑賞する機会を提供し、古里の伝統を受け継ぐ施設として歩みを進めている。

日本海の青に映える江津市内の赤瓦の町並み
石州瓦(石見地域)

 県西部を中心に、集落の屋根に連なる石州赤瓦は地域特有の景観を形成している。赤瓦の歴史ある町並みの存在は、石州瓦の品質性能の証しでもある。

 石州瓦は江戸時代初期に、浜田城築城のため大阪から招き寄せられた瓦師によって造られたのが源とされる。県西部の都野津層と呼ばれる耐火性の高い良質な粘土を原料とし、他産地よりも100度高い1200度以上の高温で焼き締めるのが特徴だ。高温焼成で吸水率が極めて低く、凍害、塩害に強さを発揮。凍害試験ではマイナス50度でも割れない耐久性が実証されている。

 かつて北前船交易で石見焼の水がめ「はんどう」とともに北方に流通した歴史もある。北海道では明治期に建立された寺院の屋根に石州瓦が残る。

 時代は変わり近年、極寒のロシアや中国東北部など海外への出荷も増えている。赤瓦の景観を後世に残すとともに、伝統の地場産業を守るため、石州瓦メーカーは販路開拓や技術開発に取り組み、奮闘を続けている。

西性寺に奉納された松浦栄吉が制作した鏝絵
鏝絵(石見地域)

 左官職人が鏝(こて)と漆喰(しっくい)を使って家屋の壁面などに描いた装飾的な細工「鏝絵(こてえ)」。作品は県内に300点以上あるとされ、特に大田市や益田市を中心に県西部に数多く伝わる。

 鏝絵は漆喰装飾を指し、江戸時代に盛んになったとされる。県西部には明治初期から昭和30年代にかけて、地元の左官職人が手掛けた作品が神社や寺などに現存する。

 絵柄はさまざま。県西部には龍や虎、滝登りをするコイをはじめ風景や花など40種類ほどあるという。さらに、色づけした漆喰を使った色鮮やかな作品や、天井に施されたものなど種類も豊富だ。

 大田市大森町の西性寺には「左官の神様」と呼ばれた同市仁摩町馬路出身の松浦栄吉が制作した鏝絵が奉納されている。鏝絵について調査研究を行う渡部孝幸さん(63)=大田市長久町=は「鏝絵は建物が壊れればなくなってしまう。優れた作品を後世に残していくためにも、広く鏝絵の価値に気付いてもらいたい」と力を込める。

田中俊■(目ヘンに希)さんが制作した現代の石見根付
石見根付(江津市など)

 湾曲したイノシシの牙にクモやムカデ、セミといった小動物などの彫刻細工を施した作品が代表的な石見根付。江戸時代は実用的な装飾品だったが、今は美術品として国内外で評価されている。

 根付は、江戸時代にたばこ入れや印籠(いんろう)を帯からぶら下げる際に使われた留め具。国内では、着物から洋服への装いの変化で身に着ける風習が薄れてしまった。一方、海外では美術性が注目されて、コレクターが多く、国外にも流出した。

 石見根付は江戸時代に江津市嘉久志町で誕生。「石見の左甚五郎」と称された名工、清水巌(いわお)を祖とする。黒柿や桜、サルスベリの木など身近にある素材を使っているのが特徴で、清水巌の作品には写実的な絵柄と合わせ、完成日や年齢、制作場所なども彫ってある。

 石見根付を顕彰し、制作する田中俊■(目ヘンに希)さん(71)=江津市嘉久志町=は「石見根付は地域の宝。石見根付の歴史と併せ、創出した清水巌についても次の世代に伝えていきたい」と話す。

2014年3月18日 無断転載禁止