(53)旧浜田県庁の門(浜田)

浜田城山公園へと上がる石段の入り口にある旧浜田県庁の門
曲線のむくり屋根特徴

 浜田市殿町の浜田城山公園へ向かう石段の入り口に、木製の立派な門がある。明治初期、浜田県庁の門として津和野町から移築。後に現在の場所へ置かれ、50年近く、城山へ上がる人たちを迎え続けている。

 1871(明治4)年に石見国津和野藩が廃藩を決議し、浜田県に合併した際、不要になった津和野藩庁の建物と門が翌年、浜田県庁舎として現在の浜田郵便局(浜田市殿町)の位置へと設置された。

 その後、島根県との合併、郡制の施行に伴い、建物と門は浜田県庁の後に置かれた那賀郡役所として利用。門は、1967(昭和42)年に県から浜田市に譲渡され、現在の場所へ移された。

 津和野町教育委員会によると、津和野藩時代の門の設置場所を示す明確な資料はなく、津和野藩邸の門か津和野城の大手門かは分かっていないという。

 建築時期も不明だが、津和野藩庁の建物が1855(安政2)年に火災のため改築されており、門も同時期に再建されたと言われている。

 「薬医門」と呼ばれる構造の門は、中央部分が盛り上がり、滑らかな曲線を描いた「むくり屋根」が特徴になっている。

 これまで、所有する浜田市が瓦の差し替えや雨漏りの修繕などを行い、山陰両県では珍しい近世の城郭建築を守り続けている。

 同市教育委員会文化振興課の川本裕司文化財係長は「昭和40年代前半までの石見の政治を見つめてきた門。非常に貴重な資料だ」と魅力を伝える。

2014年4月3日 無断転載禁止