(58)正蓮寺の山門(浜田)

正蓮寺の山門に施されている「欄間の龍」の彫刻
名工が彫った欄間の龍

 あの竜は夜になると、堤の水を飲みに出てくるらしい-。

 浜田市旭町木田の正蓮寺の山門にある彫刻「欄間の龍」には、そんな伝説が残る。同町和田に住み、「和田の工匠(たくみ)」と呼ばれた名工、長山喜一郎が手掛けた精巧な彫刻の技は、製作から約170年が経過した今も多くの人の心を引きつける。

 喜一郎はもともと、美濃国(現在の岐阜県飛騨高山)に暮らしていたが、同寺の16代住職祐哲が山門の建立を託すため、同町に連れ帰った。門は1843(天保14)年に着工し、45(弘化2)年秋に完成。ケヤキ造りで高さ8・5メートル、奥行き約3・8メートルの重厚なたたずまいに、喜一郎が花や動物など大小さまざまな彫刻を施しており、「石見一の山門」と称される。

 境内に続く階段を上ると、真っ先に見えてくる山門の「欄間の龍」がガラス玉の鋭い目で参拝者を見下ろす。同寺の服部真成住職(42)によると、仏教には竜を「悟り」、雲を「煩悩」と捉える思想があり、欄間の龍の周りにも無数の雲の彫刻がある。

 完成した当時は、あまりに精巧だったため、住民が「竜が彫刻から抜け出す」と怖がって地域を出歩かなくなり、見かねた喜一郎が胸の部分に隠しくぎを打ち込んで人々を安心させた、という言い伝えがある。

 山門の扉にあるボタンと唐獅子の彫刻は、向かって右側が晴れ、左側が雨をそれぞれ表す「陰陽照り降りの獅子」と呼ばれ、毛の逆立ち具合や花の開き具合を彫り分けた。

 喜一郎は63歳で亡くなるまで同町で暮らし、浜田市内にある寺の門なども手掛けながら多くの弟子を育てた。服部住職は「喜一郎の技が石見の地で生き続けていることは非常にありがたい」と話した。

2014年9月4日 無断転載禁止