レッツ連歌スペシャル(要木 木純)・1月29付

(挿絵・麦倉うさぎ)
 最近の世の中は、勝ち負けにこだわりすぎているような気がしませんか。利益を求めて競争するというのならともかく、損得なんかもう関係なくて、争うこと自体が目的となっていないでしょうか。勝ち組、負け組なんて、変な言葉もはやっていますが、人間一体何をしているんだろう。というわけで、今回のお題は、

 勝ち負けよりも大切なもの

 まずは時節柄、正月及び歳末を扱った句。

カルタ取り孫に越されて笑い顔 (出雲)石飛 富夫

あいうえお覚えてくれたかるたとり(出雲)原 陽子

真向かいに彼女が座るカルタ取り(松江)岩田 正之

一年の最後は歌に涙する    (出雲)野村たまえ


 ゲームは勝ち負けにこだわらなくては面白くないという意見もあるでしょうが、子どもの成長がうれしいとか、(わざと)負けても楽しいことが多々あります。野村さんの句は、紅白歌合戦を、それと言わずにうまく詠み込んでいて、すばらしい。


 スポーツや運動会に関する句。

ドン尻を走る幼児に大声援  (津和野)岡田 忠良

楽しみは敵味方なくつつく鍋  (雲南)佐藤 敬子

打ち上げでみんなが囲むおでん鍋(浜田)松井 鏡子

徒競走お手々つないでゴールイン(松江)高木 酔子

転んでも走り続けた孫を褒め  (浜田)勝田  艶

友情と涙と汗と青春と     (大田)福田 葉摘

初マラソン家族そろってゴールイン
               (益田)吉川 洋子

泣きじゃくる子供にさとす親心 (大田)掛戸 松美


 地元ネタや歴史ネタ。

神々は出雲大社で話し合い   (出雲)原  慎二

弁慶は牛若丸に諭されて    (松江)庄司  豊

引き分けの人情相撲隠岐にあり (出雲)有藤 敏雄

人情で二度目はゆずる隠岐相撲
             (出雲)はなやのおきな


 一回目の勝負で勝った方が、二回目には相手に勝たせるという隠岐相撲のしきたりも、勝ち負けを超えた何かを目指していると言えますね。

 前句に対して、ご説ごもっともではなくて、勝ち負けより大切なものがあるものか、とか、ごちゃごちゃいうな、しょせんは金だ、という風に切り返してもいいです。この辺が付け句の面白いところですね。


世の中は地獄の沙汰もなんとやら(江津)花田 美昭

結局は金の力がモノを言う   (出雲)放ヒサユキ

ヘソクリを夜中に起きて数えだし(出雲)後藤 綾子

とりあえず合格してから考える (松江)森広 典子

そんなもんあるわけないやろあほんだら
               (出雲)矢田カズエ


 矢田さんの句が面白いのは、この付け句自体が前句に対して「勝負」を挑みかけて、「勝ち負け」にこだわっているという二重性を持っている点です。


 そのほか、私の気に入った句。

彼が好きと打ち明けられて言い出せず
               (飯南)塩田美代子

味噌汁の味を伝える嫁姑    (松江)田中 堂太

一に愛二も愛三も四も愛    (出雲)行長 好友

おだやかにまあるく丸くこの一年(益田)山下 昭子

碁敵がいてこの町が好きになり (益田)石田 三章

ライバルがいたからこそのこの栄誉
               (雲南)難波紀久子

まっいいかお一人様もお気楽で (雲南)渡部 静子

団塊もゆとり世代に感化され  (雲南)安部 小春


 本来は愛し合い、かばい合うはずの家族や友人が、いつの間にか、相手をやっつけることだけが目的になってしまう。連歌は、このような世間や人生のさまざまな難事に対して、解決はできないけれども、面白がり、不思議がり、そしてちょっとだけ希望を見つけていく文芸なのでしょう。

 今年もよろしくお願いします。

  (島根大学法文学部教授)

2015年1月29日 無断転載禁止

こども新聞