大田二中1年生 石見銀山の魅力再認識

 「石見銀山遺跡」は日本の歴史を変えた最大の銀山であり、登録されて7年が経過した世界遺産です。大田市立第二中学校1年生は、郷土の世界遺産について学ぶため、石見銀山学習を毎年行っています。

 今回は筑波大学から来ていただいた黒田乃生(のぶ)先生の講義を聴き、世界から見た石見銀山について学びました。そして、テーマごとに「町並み」「自然」「遺跡」「観光客」「歴史」の五つの班に分かれ、大森の町並みを実際に歩き、自主研修を行いました。自主研修では間歩や石見銀山資料館、熊谷家住宅などに行き、昔の石見銀山を知ることができました。

 このような経験をすることで、石見銀山の現状が見え、すばらしい遺産を守るためにすべきことや、これからの石見銀山に何が必要なのかを考える、いい機会になりました。この研修を通して自分たちが感じたこと、考えたことを報告します。


今も昔ながらの景観が残る大森町の町並み
 景観守る努力受け継ぐ

 石見銀山の存在があまりにも当たり前で、大森の町並みや世界遺産を守る意味を分かっていなかったことに、今回の学習を通して気づきました。

 石見銀山に実際行ってみて気づいたのは、そこに住む町民の方たちの気遣いです。室外機のカバーやポストは木で作ってあり、家の前に飾られた生け花は町の風景になじんでいました。

 古民家を建て替える時は、市役所に相談して細かく決められた基準に従わなければならないので、大森町民ならではの苦労があります。それでも自分の住む町に誇りを持ち、昔のままの景観を守ることなど、大森町民の「町のために努力を惜しまない人々の心」も世界遺産に値すると私は思いました。

 私は石見銀山へ行って、派手ではないけれど心が落ち着く空間があると感じ、町を歩くと温かい気持ちになれました。そんな大森に魅力を感じて訪れる人が何倍も増えると、今の大森の環境が崩れるのではないかと心配です。

 町を歩くと、ごみ箱には「あなたの手で町並みを汚せますか」と書いてありました。昔ながらの町並みを守ることができているのは、町民の皆さんの努力のおかげです。私は、大森の町民の方たちの心遣いに気づくことで、マナーを守る人が増えてほしいと願っています。

 現在、大森町は人口が減少し、高齢化が進んでいます。これ以上人口を減らさないためには、未来を担う私たちが郷土を愛し、誇りに思い、町に残る人、Uターンする人、そしてIターンして来る人も、みんな一緒になって素晴らしい遺産を守り続けることが大切です。私は大森の魅力を未来に伝えていきたいと思います。

 今を生きる私たちは、変わらない景色を受け継ぐことが大切だと思います。それは、新しい風景をつくることよりずっと難しいことです。だからこそ、世界遺産にはその地元の人々の心が表れるのではないでしょうか。

 私は、地元の一員として今後、これからの石見銀山のために自分にできることから少しずつ行動していきたいと思います。温かい気持ちになれる石見銀山へぜひ、皆さんも来てみてください。そうすれば、きっと「新しい石見銀山」が見えてくることでしょう。(知野見楓果)


大森町の景観に配慮し、外観を木製にした飲料の自動販売機
 環境に配慮進む対策

 観光客減少に歯止め

 石見銀山への観光客は、世界遺産に登録される前年の2006(平成18)年は約40万人でしたが、登録された07年は約71万人となり、急激に増加しました。翌年の08年には約81万人となり、過去最高を記録しましたが、その後はだんだんと減少していきました。

 その原因の一つとして、「歩く観光」になったことが考えられます。急激な観光客の増加で車の排出ガスや騒音が問題になり、自然や暮らしを守るために「歩く世界遺産」になりました。

 龍源寺間歩までの往復約5キロも歩くことになり、観光客も減少したのではないかと思います。しかし、その対策としてベロタクシー(電動機付き自転車)やハイブリッドバスなど、環境に優しい乗り物が使われています。

 2013(平成25)年には観光客が約51万人になり、少し回復しました。さらに、昨年からはワンコインツアーが始まりました。「龍源寺間歩コース」「大森の町並みコース」の2コースがあり、いずれも500円で地元ガイドとともに銀山の魅力を楽しめます。ワンコインツアーの利用者の約3割が関東方面、約2割が関西方面からの観光客です。

 ただ、案内看板を多く設置できないので、スマートフォンなどのカメラを向けると、石見銀山観光ナビから案内情報が表示されるシステムも導入されました。

 世界遺産センターには年間約10万人ほどの観光客が訪れます。13年には外国から581人が訪れ、第1位は台湾(272人)、第2位がアメリカ(69人)からでした。

 今回、世界遺産センターに行った時に台湾の方に出会い、インタビューをしてみましたが、言葉が通じなくてうまくいきませんでした。日本人の方へのインタビューから「町並みがすてき」「町が清潔」「古いものを大事にしている」「会う人も親切で優しい」など、観光客が見た石見銀山の魅力について知ることができました。(上本珠莉)


壁面にノミ跡が残る大久保間歩の内部
 採掘と同時に植林

 自然との共生

 石見銀山は自然と共生する形で採掘が行われました。他の鉱業遺跡はほとんど森林がなくなっているのに対し、石見銀山は森林に覆われています。

 鉱山開発は本来、環境破壊を伴うものですが、石見銀山が自然と共生できた理由は、開発と同時に植林が行われていたからです。石見の人は銀山を生き物のように扱ってきたのです。

 石見銀山には放っておかれた竹林がたくさんあります。竹を生活用具に利用しなくなったために竹林が広がり、石垣を崩すなど悪影響をもたらしています。そこで、多くのボランティアが大森の人たちと協力して間伐を行っています。竹を切ってもそのままにしないで、竹を材料にコップなどを作っています。

 また、大久保間歩は一度に入る人数や入れる期間などが決まっています。間歩ではコウモリが冬眠するため、12月から翌年2月まではコウモリの生態に配慮し、出入りが休止になっています。私が間歩に入ってみた感想は、とても暗くて寒かったです。コウモリのために電気をあまりつけず、温度を一定に保っているそうです。コウモリをたくさん見ることができ、自然との共生を感じました。(山崎亜依子)


「世界から見た石見銀山」と題した、筑波大学の黒田乃生先生の話を聴く生徒たち
 経済・文化交流に貢献

 世界から見た石見銀山

 最初に、筑波大学の黒田乃生先生から世界遺産の現状について学びました。2014年10月現在、世界遺産に登録された遺産は1007件あります。そのうち文化遺産が約800件もあり、自然遺産や複合遺産に比べると偏りがあります。また、世界遺産はキリスト教関係が多いことや、場所もヨーロッパに集中していることが問題となっています。

 しかし、世界遺産を増やせば良いというものではありません。世界遺産を増やしすぎると、どれが本当の価値があるものなのか分からなくなってしまったり、すべてを管理することが難しくなってしまったりするからです。

 16世紀半ば~17世紀前半には、世界の銀産出量の約3分の1を占めていた日本銀の多くは石見銀山の産出でした。その石見銀山の銀は貿易を通じて東アジアへ流通し、さらにヨーロッパ人も金銀や香辛料を求めて貿易に参加したことで、東西の経済・文化交流が行われるようになりました。その交流に果たした石見銀の役割が評価されました。

 私たちはこれから、祖先から受け継いできた石見銀山を何十年、何百年と守っていき、未来の人たちへと伝えていかなければなりません。それは、世界遺産が人類の歴史によって生み出され、人類共通のかけがえのない宝物だからです。そのためにはまず、私たちが石見銀山のことを知っておかなければならないと思います。(飯塚勇太)


 江戸幕府も重視

大久保間歩入り口で、説明に耳を傾ける生徒たち
 歴 史

 銀を採掘した坑道を「間歩」と呼びます。「大久保間歩」の名前は、初代銀山奉行の大久保長安がやりを持ち、馬に乗ったまま入った、という伝承が由来になっています。

 間歩は大小600以上も確認されていますが、大久保間歩は全長約900メートル、坑内の高さは最大で5メートルもあります。坑内には江戸時代のものと推定される、縦横に走る手掘りによる坑道と、明治時代の開発で、機械掘りによって坑道を拡幅した様子を見ることができます。

 大久保長安は徳川家康に仕え、重臣の一人として江戸幕府の成立期に大いに活躍しました。長安自身が直接任地へ行くことはまれでしたが、石見へは6回も訪れたことから、石見銀山を重視していたことが分かります。

 1915年に鉱山の経営会社が建てた芝居小屋「大森座」が昨年12月、「世界一小さなオペラハウス」として復活しました。元の芝居小屋は50年前に取り壊されましたが、世界遺産の町の新しい文化拠点をつくるために、地元の会社社長が再建されました。大森の町は栄えたり衰えたりしてきましたが、今を生きている人が歴史の鍵を握っていると思います。(土江穂乃香)


青春はつらつ新聞」取材チーム
 編集後記

 私たちは石見銀山について調べたことを文化祭で発表し、このように新聞にまとめました。初めて知ったこともあったし、作文の力がつく良い機会になりました。

 たくさんの観光客の方がインタビューに応じてくださいました。世界遺産センターでは、観光客に石見銀山のことをたくさんほめてもらいました。お気に入りスポットアンケートでは「間歩」という答えが多く、中には「全部」と答えてくださる方もありました。皆さんが石見銀山を愛してくださり、とてもうれしいです。その他、石見銀山のことをたくさん知ることができて、いい経験になりました。

 これを機に、石見銀山を大切にし、昔ながらの雰囲気を守っていきたいです。そして、今後さらに観光客が増えるといいなと思います。(上本珠莉)

2015年2月1日 無断転載禁止

こども新聞