(4)日刀保たたら(上) 大地の恵みが支える

真砂土と粘土で練り上げた土で、釜を作り上げる木原明村下(奥左から2人目)ら。厳粛な儀式のような作業を神棚に祭られた金屋子神が見守っていた=島根県奥出雲町大呂、日刀保たたら
釜の下部に開けた湯路から、ノロを引き出す村下養成員。立ち上る炎とノロの放つ熱が容赦なく照りつける=島根県奥出雲町大呂、日刀保たたら
 鉄作りの神・金屋子(かなやご)神を祭った神棚の前で、たたら吹きの釜作りが進んでいた。練り上げた土を積み上げ、「釜がえ」と呼ばれる伝統の道具で削り、たたいて固めていくと、次第に美しい釜が立ち現れた。

 2月4日早朝に訪れた島根県奥出雲町大呂の日刀保たたら。世界で唯一たたら製鉄を今に伝える。3昼夜に及ぶ操業を前にした釜作りは、厳粛な儀式のようだ。

 たたらの現場に「一土、二風、三村下(むらげ)」という言葉が伝わる。村下(技師長)の木原明さん(79)に解説してもらった。

 「釜に使う土は、粘りがあって、強度もないといけない。釜に開けた片側20カ所のホド(送風用の穴)から風を送る。風が止まれば、操業できない。村下は、炎や炉の状況など全体のバランスを見て鋼の出来具合を総合判断する」

 真砂土と粘土を水で練った土で、元釜と呼ばれる土台部分を整え、その上に中釜、上釜を築く。長さ3メートル、幅約1メートル、高さ1・2メートル。土の厚みは上部は十数センチだが、下部ほど厚みを増し、40センチ以上に達する。

 釜が現在の形と大きさになったのは18世紀ごろ。天秤鞴(てんびんふいご)(足で踏む送風機)が開発され、送風力が増し、釜はそれ以前に比べて大きくなった。風の力が、生産力を一気にアップさせた。

 操業が始まると、砂鉄と炭を交互に投入する。木炭が燃え、砂鉄は土の釜の底で■(金ヘンに母)(けら)となる。同時に、砂鉄の一部は釜の内壁の土と反応して「ノロ(鉄滓(てっさい))」となり、下部に開けた湯路(ゆじ)からかき出す。土は、砂鉄に含まれる不純物をからめ取る重要な役割を果たす。

 釜に適した土は奥出雲町内で採れる。良い土がある場所は、木原さんが師から教わった。手で握って感触を確かめ、何度も試して最適な土を見極める。

 土以外の原料もほとんど町内で事足りる。木炭の原料は30~40年生の広葉樹で、日刀保たたらの敷地内の炭釜で焼く。砂鉄は日刀保に近い羽内谷(はないだに)鉱山で磁石で採取する。ホドに差し込み、風を送る木呂(きろ)は近くで採れた真竹製。木の道具はサルスベリなど握りやすい木を探し、皆で作る。高温のノロを扱うにも木の道具がいい。燃えることもあるが、何より軽く、過酷な作業には欠かせない。

 土、木や竹、そして砂鉄…。中国山地の風土が千年以上、たたらを支えてきた。それは今も変わらない。

 たたらに魅せられ、日刀保たたらに3年間通い詰めた錦織良成監督(53)は今回の操業で、映画「たたら侍」(2016年公開予定)のシーンを撮った。「人間が生まれる前からある自然の材料を使い、いにしえから伝わる技術で作り出すたたら製鉄。理屈では説明できない、大切なものを感じる」と、人の知恵と自然が織りなす荘厳な営みに思いをはせた。


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 日刀保たたら 日本刀の原料となる玉鋼の供給を目的に1977年、日本美術刀剣保存協会(日刀保)によって復元された。同年、国の選定保存技術に認定。日立金属グループの技術協力で運営している。毎年1~2月に3回操業。釜を作り、■(金ヘンに母)(けら)を出すまでの操業を「代(よ)」と呼び、3昼夜連続で行われる。1代で砂鉄約10トン、木炭約12トンを使い、2・5トンの■(金ヘンに母)を製造。■(金ヘンに母)からノロなどを取り除いたものを玉鋼と呼ぶ。

2015年2月16日 無断転載禁止