(6)日刀保たたら(下) 厳か 経験と勘の作業

炉壁が壊され、姿を現した■(金ヘンに母)。すさまじい熱を放ち、立ち会った人たちを圧倒する=島根県奥出雲町大呂、日刀保たたら
3昼夜の操業を成功裏に終えた木原明村下(前列左から2人目)ら=島根県奥出雲町大呂、日刀保たたら
■(金ヘンに母)から取り出された玉鋼。刀匠の技によって美しい日本刀に鍛えられる
 オレンジ色と黒の灼熱(しゃくねつ)の塊が姿を見せると、高殿内の寒気が吹き飛んだ。炎をまとい、すさまじい熱量を放つ。

 2月7日夜明け前、島根県奥出雲町大呂の日刀保(日本美術刀剣保存協会)たたら。今期3回目で最後となる操業がクライマックスを迎えた。村下(むらげ)養成員らが大鉤(おおかぎ)という道具で炉の壁を壊す。■(金ヘンに母)(けら)の誕生だ。3昼夜連続の操業を指揮した村下(技師長)の木原明さん(79)らは、やつれながらも達成感がみなぎる。

 かねへんに「母」と書くのは絶妙。母親の胎内で子が育まれるのと同様に、■(金ヘンに母)は砂鉄と炭が投入される炉内で生き物のように成長を遂げる。最初は15センチ四方。それが3昼夜で長さ3メートル、幅1・2メートル、厚さ約50センチとなり、重さは約3トン。日本刀の原料となる良質の玉鋼を豊富に含む。

 西洋式の製鉄は、鉄鉱石を原料に溶鉱炉でいったん銑鉄(せんてつ)をつくった後に、転炉に移して2次製錬し鋼に変える。間接製鋼と呼ばれる。これに対し、たたらは1度で鋼ができる直接製鋼だ。木原さんは「たたらの炉の上段と中段が溶鉱炉、下段が転炉に当たる。先人たちが創意工夫してつくりだした高度な技。世界で唯一、ここしかない」と説く。

 「まるで神事のような厳かな雰囲気。作業する人たちが神様の前で勝負している感じがした」。操業を見学した富士通ネットワークビジネス戦略室のシニアマネージャー関口隆さん(45)が、ほとんど機械を使わず、経験や勘を武器に挑む光景に目を見張った。

 環境省地球温暖化対策課調整第一係長の大野皓史さん(30)は「奥出雲で企業研修を盛んに行い、たたらの体験操業を通してものづくりの原点を学ぶと良いのでは」と話した。

 日刀保たたらは一般には非公開。関口さんや大野さんら東京の企業や官庁から集まった12人は、NPO法人ものづくり生命文明機構が主催する「ものづくりの心塾」のメンバーとして特別に許可を受け、立ち会った。ものづくりの神髄を感じることができるたたら操業には日本を代表する製造業の技術者や役員、研究者も熱い視線を注ぐ。

 奥出雲の大地から授かった砂鉄と土、木や竹の恵みが人の技と融合し、日本古来、独自のたたらの炎が今も息づく。その周辺には砂鉄を得る鉄穴(かんな)流しによって造られた棚田が連なり、仁多米を育む。日刀保たたらを核とする「奥出雲のたたら製鉄と棚田の文化的景観」は産業と歴史、環境、景観といったつながりを示す優れた地域資源。日刀保たたらという点に注がれる熱い視線を面的に広げていくことが、交流人口の拡大や教育といった多様な地域の活性化につながる。

2015年3月2日 無断転載禁止