レッツ連歌スペシャル(要木 木純)・4月30付

(挿絵・FUMI)
 今回の前句は、

 幸いは山のあなたに住むという

でした。応募された方は皆お分かりだったと思いますが、ドイツのカール・ブッセの詩を、上田敏が訳したの(「山のあなた」)をもじったものです。ドイツでは、ブッセもこの詩も忘れ去られているそうですが、日本では、教科書等に採用されて、かつては広く愛唱されていました。

詩集開けば四つ葉色あせ    (出雲)原  陽子

遠い昔の教科書のシミ  (三重・伊勢)木村 ふう

 私(五十代)は、幼時に、三遊亭圓歌(歌奴)の「やまのあなーあなー」(「授業中」)で何だろうと思ったのが、最初の出会いだったかな。圓歌は後に落語協会会長になりました。

あれで射とめた協会会長    (益田)吉川 洋子

 圓歌を揶揄した、鈴々舎馬風のネタですね。その馬風も協会会長になるとは、何とまあ。

 今の若い人は、元の詩も、圓歌や馬風の落語も、知らないそうです。一つの外国文化が、日本語化され、流行し、もじりやパロディーの対象になり、そして忘れ去られていく。その変遷にふと感慨を覚えます。

 時代は変わりました。昔は山を越えて徒歩で旅をするのは大変でしたが、交通機関が発達した現代では、山のあなたでは、われもわれもと幸いを求める人で大混雑です。

駐在さんは休むひまなし    (浜田)三隅  彰

我尋め行きて熊と親しむ    (松江)永瀬 秋風

押すな押すなでツアー客来る  (松江)森廣 典子

山に対して海を詠むのも面白い。

やなこと海の奥底に捨て    (江津)佐々木初美

 私も、

我泣き濡れて蟹と戯る

と付けてみました。啄木のパクリですね。

 以下、私の気に入った作品。

何はさておきおふくろの味   (松江)中西 隆三

わたくしを待つ人はいずこに  (松江)庄司  豊

青い鳥ならほらここにいる   (松江)相見 哲雄

出て行ったきり連絡もなし   (江津)花田 美昭

たどりつく日はいつか教えて  (松江)野津 重夫

八億円はそこにあったか    (出雲)矢田カズエ

手が届く前目覚ましが鳴る   (江津)江藤  清

一つとあって二つとはない   (益田)兼子 哲彦

やっと合格明日は旅立ち    (松江)森  笑子

 あるはずもない幸いを求めるから、かえって不幸になるのだ。シニカルな視線も連歌ならではですね。

世の中そんなに甘くないよな  (大田)丸山 葛童

寝言はやめて早よ田植えしろ  (益田)石川アキオ

夢を見続け半世紀たち     (松江)高木 酔子

仲人口の甘いささやき     (飯南)塩田美代子

まだ目が覚めぬ競馬競輪    (松江)三島 啓克

所番地が未だ分からず     (雲南)横山 一稔

気の持ちようで変わる人生   (益田)可部 章二

 幸いというものは、主観的なもの、あいまいなもの。他人には分からなくても、自分は自分なりの幸いを感じるのです。それどころか、当人自身もなぜそれが幸いなのか、よく分かっていない場合も多い。だから、きちっとした理屈はなくても、何となく雰囲気で付けるのも、一つのやり方です。

よくいらしたと笑う影法    (松江)坂本 美恵

男が消える一人二人と     (出雲)吾郷 寿海

桜吹雪の中にいる人      (松江)福田 町子

ソメイヨシノは見られないけど (松江)山崎まろむ


 桜が帯びる春爛漫の雰囲気が、なぜかうまく付いてしまいます。独りよがりにならないように気をつけないといけませんが、これもまた連歌の面白さですね。

(毎度のことですが、応募作にちょっと手を入れたところがあります。ご了承ください。前句の中にある言葉を、付け句で重ねて用いないでください)

(島根大学法文学部教授)

2015年4月30日 無断転載禁止

こども新聞