アキのKEIルポ 敗者の誇りファンに刻む

 フランス人の記者から、こんな言葉を聞いたことがある。

 「フランス人は勝負への執着が希薄で、ベスト4くらいにいけば満足する。人を楽しませることが大切で、アメリカ人のように何が何でも勝利に執着はしないんだ」

 これは、大国アメリカに対する負け惜しみのようであるし、自分らの哲学に対する矜持(きょうじ)のようにも聞こえる。醜い勝利より美しい敗北を―。そんな彼らのイデオロギーだ。

 この日のツォンガは、そんなフランス人とは、ひと味違った。ファンが求めたものも、どこまでも勝利だった。豪華なウィナーよりミスの少なさを。敗北の哀愁より勝つ喜びを。錦織が「作戦がうまくいかず焦ってしまった」理由も、その辺りにあったかもしれない。

 第2セット終盤、客席上部の金属板の落下により試合は中断され、戦いの趨勢(すうせい)は反転する。錦織は息を吹き返し、最後に勝つのは米国育ちの日本人かと思われた。だが、この日のフランス人は諦めなかった。

 完全なるアウェーの中で必死に挽回するも、一歩届かなかった敗者は、万雷の拍手を受けながら、スタジアムの四方に手を振りコートを去った。

 勝利は、ならなかった。それでも熱いドラマを演出した敗者の誇りは、地元ファンの心に刻まれたはずだ。

 (フリーライター・内田暁)

2015年6月4日 無断転載禁止