(25)出羽鋼 脈々と息づく刀工の技

和鉄を鍛錬して日本刀作りに打ち込む三上貞直さん。槌を下ろすたびに、薄暗い工房に火玉が飛び散った=広島県北広島町有田、三上貞直日本刀鍛錬道場
出羽の刀工・3代直綱作の刀=益田市本町、益田市立歴史民俗資料館所蔵
 カチーン、カチーン。木炭で熱し、真っ赤になった鉄の塊に刀匠の三上貞直(さだなお)(本名・孝德)さん(60)が槌(つち)を振り下ろすと、鉄の破片が飛び散った。鉄を熱して、たたいて伸ばし、折りたたんで、たたく。「折り返し鍛錬」は鋼の材質を鍛える工程で、刀作りに欠かせない。

 島根県邑南町布施の鍛冶屋に生まれた。奈良県の名刀工・月山貞一氏の著作「日本刀に生きる」に感銘を受け、高校卒業後、月山氏に入門。5年の修業を経て1980年、現在の広島県北広島町有田に三上貞直日本刀鍛錬道場を開いた。

 貞直の名は独立する際、自ら付けた刀工銘。出羽(いずわ)(邑南町)の刀工で、鎌倉末期の刀工正宗の高弟「正宗十哲(じってつ)」の1人とされる出羽直綱(なおつな)にあやかった。「工房は広島だが、生まれは瑞穂(現邑南町)。人は生まれた風土に影響を受ける。直綱への思い入れを名前に表現させていただいた」。南北朝スタイルと言われる長い刀で評価を高め、毎年の新作名刀展で上位入選を果たす。2年前、全日本刀匠会会長に就いた。

 三上さんのこだわりは、刀の原料となる玉鋼作りへの参画だ。87年から、島根県奥出雲町大呂の日刀保(日本美術刀剣保存協会)たたらで作業に従事。できた鋼で刀を作る。

 直綱が生きた室町時代も、中国山地は良質の砂鉄を産出し、玉鋼の主産地だった。中でも千種の火鋼(ひはがね)(兵庫県宍粟市)と、出羽の水鋼(みずはがね)は二大ブランドだった。

 水鋼の名前は、たたら製鉄でできた鉧(けら)を水をためた鉄池(かないけ)で急速冷却する工程に由来する。自然冷却する火鋼に比べ、作業効率が上るメリットがあったとみられ、この工程を「出羽流」とも呼んだ。邑南町文化財保護審議会委員の吉川正さん(66)は「鉄池の発明のほか、複雑なたたらの地下構造など、中世の邑智郡南部は鉄の先進地域だった」とみる。

 直綱がいつ、どこで刀を作ったのか、詳しいことは分からない。ただ、名鋼を求める刀工たちは出羽に集まり、腕を振るったのだろう。

 武器として生まれた日本刀は今、美術品としての価値を追求する。三上さんは「先人の汗と涙、そしておびただしい血によって築かれた平和の象徴としての鉄の芸術」と、日本刀を定義し、全身全霊を注ぐ。中国山地の風土が育む鋼と刀匠の技は、歴史を超えて脈々と受け継がれている。

2015年7月27日 無断転載禁止