レッツ連歌(下房桃菴)・11月12日付

(挿絵・麦倉うさぎ)
 こんなこと前にもあったような気が

捨てたとたんに要り用になり  (松江)石川  倫

今後一切浮気はしません    (松江)川津  蛙

我々はァとマイク握って    (松江)森廣 典子

シュプレヒコール安保反対   (出雲)吾郷 寿海

どんぐり拾った縄文のころ   (雲南)佐藤 風子

見知らぬ猫が後ついてくる   (浜田)松井 鏡子

言いかた変えただけのファッション

               (益田)吉川 洋子

グルグル回る同じ街角     (益田)石田 三章

なにはともあれ拝む仏壇  (出雲)はなやのおきな

一億総というスローガン    (松江)安東 和実

マイナンバーが送られてくる  (雲南)板垣スエ子

同じお店で同じ買い物     (益田)竹内 良子

角を曲がるといるドーベルマン (飯南)塩田美代子

いっしょに来たの私じゃないでしょ

               (出雲)山下  好

深酔いをして入る水風呂    (松江)田中 堂太

酒つつしめと夢に亡き母    (松江)三島 啓克

はじめましてと言われたけれども(雲南)渡部 静子

戦後生まれが日本を動かす   (益田)兼子 哲彦

お墓の中の赤子の泣き声    (江津)江藤  清

生暖かい風が吹き抜け     (浜田)三隅  彰

トイレを探しまわってる夢   (松江)加茂 京子

真っ白になるステージの上   (益田)黒田ひかり

浪花の町に問う都構想     (益田)石川アキオ

軍靴の音が近づいてくる    (出雲)行長 好友

赤信号を渡ったかしら     (江津)星野 礼佑

怒鳴ると止まる工事の騒音   (大田)山形 俊樹

右から履いた妙な違和感    (雲南)横山 一稔

帽子が飛んで消えた荒海    (松江)岩田 正之

  ◇

 デジャブ(既視感)については、「徒然草」の七十一段が有名です。

   いかなる折ぞ、ただいま人の言ふことも、目に  見ゆるものも、我が心の内も、かかることのいつ  ぞやありしかと覚えて、いつとは思ひ出でねど  も、まさしくありし心地のするは、我ばかりかく  思ふにや。

 なぜ、こんなことが起こるのか。

 風子さんの説は、遠い遠い先祖の記憶が蘇った、とでもいうのでしょうか。あるいは、この人自身、前世は縄文人だったのでしょうか。

 いやいや、パラレルワールド(もう一つの世界)がラップしたのだとか、未来のできごとを体験するのだとか、好き勝手な主張をする人もありますが、なにしろ実験できないことですから、確かめようもありません。私の経験では、ひどく疲れてぼんやりしているとき起こることだけは、確かなように思います。

 デジャブではないけれど、ぼんやりしていてしくじるのが、好さんの「私じゃないでしょ」―。かつてNHK松江の「付句道場]でも、「蛍飛び交う川沿いの宿」というきれいな前句に、「そんなとこ誰と行ったのお父さん」という句が付いて大笑いしたことがありました。「問うに落ちず、語るに落ちる」と申しまして、こればかりは気をつけなければなりません。

 終戦から七十年も経つのですから、戦後生まれが日本を動かすのは、それ自体当たり前のこと、なんの不思議もありません。が、哲彦さんの「戦後生まれ」は、どうやら特定の個人、ないし集団を指しているようですね。なるほどこういうことばの使い方もあったのかと、いい勉強をさせていただきました。

  ◇

 次の前句は、

  走り書きしたメモが読めない

 自分で書いた字さえも読めないことはよくあります。この句に五七五の句を付けて、読みやすい丁寧な字でご応募ください。

2015年11月12日 無断転載禁止

こども新聞