論語(ろんご)で温故知新(おんこちしん)(1)


 儒家(じゅか)の祖(そ)・孔子(こうし)(紀元前551-同479年)と、その高弟(こうてい)たちの問答(もんどう)をまとめた「論語(ろんご)」は、人を思いやる「仁」という思想を基礎(きそ)とし、さまざまな場面に合わせた格言(かくげん)を収(おさ)めています。元小学校長で現在、ごうぎん島根文化振興(しんこう)財団の私塾(しじゅく)「尚風館(しょうふうかん)」で講師(こうし)をしている小倉雅介(おぐらまさすけ)さん(65)に解説(かいせつ)してもらいます。


【訳(やく)】

 先生(孔子)は言われた。学んだことを繰(く)り返し実践(じっせん)していると、いつの間にか理解が深まったり、良い習慣(しゅうかん)が身についてくる。実にうれしいことではないか。


学んだことは、おさらいしよう

 ◆「学ぶ」ということ◆

 学ぶとはもともと「まねぶ」という言葉からきているそうです。小さい子どもが人のまねをして喜んでいる姿(すがた)を見たことがありませんか? 自分が小さいころのことを思い出してみると、おもしろがってまねっこした記憶(きおく)があると思います。そうです、人でも動物でも皆(みな)、はじめはまねっこから始まるのです。

 そして、良いことも悪いことも含(ふく)めて、いろいろな知識(ちしき)や技術を知らず知らずのうちに学習していくのです。小さいころは簡単なまねっこでも、良いことをまねた時は、うんとほめてもらって、うれしくなった覚えがあると思います。人間はもともと学ぶことは大好きなのです。


 ◆「習う」ということ◆

 論語では、学んだことを繰り返し実践してみることを「習う」といいます。

 孔子教団では、良い「学び(まねび)」は何回も繰り返すうちに良い習慣となって身につくと考えていたようです。

 例えば、正しい姿勢、正しい言葉遣(ことばづか)い、明るいあいさつなど、小さいころから繰り返して行ううちに自然と、当たり前の習慣として身につきますね。

 学習について、せっかく学んだことをそのままにしていませんか? 「一度聞いたことは分かったから、もういい」「むずかしくてめんどうくさいから、もういい」。これでは、せっかく学んだのに浅い知識で終わってしまいます。

 もう一度、学んだことをおさらい(復習(ふくしゅう))してみましょう。すると、前には気付かなかったことや新しい疑問(ぎもん)が出てくることがあります。この時、初めて学ぶ楽しさが生まれます。「学ばせられる」から「学びたい」に変わるのでしょう。

  (私塾(しじゅく)「尚風館(しょうふうかん)」講師・小倉雅介(おぐらまさすけ))

2014年11月12日 無断転載禁止

こども新聞