論語(ろんご)で温故知新(おんこちしん)(3)


【訳(やく)】

 先生(孔子(こうし))は言われた。間違ったと気付きながら、それを改めようともせず、そのままにしておくのは過ちの二度ぬりになる。同じ過ちをしないように心がけることが大事なんだよ。


過(あやま)ちを乗(の)り越(こ)えてこそ成長するんだ

 誰(だれ)でも、失敗・過ちをするのがあたりまえです。しかし、失敗や過ちをした後が大事だと孔子は教えます。


 ◆過ちて改めざる◆

 「あれは過ちだった」という自覚がある人はまだ救いがあります。

 さて、問題はこれからです。失敗や過ちを犯(おか)したときに、人のせいにしたり、想定外(そうていがい)として、その場をごまかして逃げようとする。

 人間には「自分が大事(だいじ)で、自分さえよければ…」

という、醜(みにく)い一面もあります。その典型(てんけい)が、「ごめんなさい」この一言が言えない、あるいは、言おうとしない人を見かけたことはありませんか?

 結局その間違いを改めることが出来ません。また、間違いの原因を冷静(れいせい)に考えることもしません。これを「過ちて改めざる」というのです。


 ◆是を過ちという◆

 孔子は弟子たちの失敗や誤(あやま)りに対して、優(やさ)しかったそうです。しかし、同じ失敗を繰(く)り返(かえ)す者や、改めようとしない弟子に対しては厳(きび)しかったようです。

 私たちのまわりではどうでしょう? 「ごめんなさい」という一言がはじめに出てくる人には、「次からはよく考えてね」

と、失敗や過ちを優しく見てあげられますね。しかし、自分の失敗や過ちを認めようとしない人がいませんか? 論語では、これが本当の過ちだといいます。

 なぜ、「過ちて改めざる」がいけないのでしょう。それは、改善や成長がないからです。

 私たち人間は、つらい失敗や過ちを乗(の)り越(こ)えてこそ成長があると思います。

 「間違いだったかな?」と思ったときに、今日の章句(しょうく)を思い出してみるといいですね。

  (私塾(しじゅく)「尚風館(しょうふうかん)」講師・小倉雅介(おぐらまさすけ))

2014年12月10日 無断転載禁止

こども新聞