論語(ろんご)で温故知新(おんこちしん)(13)


【訳(やく)】

 有子(孔子(こうし)の弟子)が言われた。「礼」を行うに当たって、だいじなことは、心が和(やわ)らぎ、皆(みな)の気持ちが調和(ちょうわ)することが大切なんだよ。


礼をもって議論し調和することが大切

 この章句(しょうく)から、聖徳(しょうとく)太子(たいし)が定めた十七条(じょう)の憲法(けんぽう)第一条の「和を以(もっ)て貴しと為す」を思い浮(う)かべるでしょう。これは論語からきたものといわれています。


 ◆礼について◆

 「礼」といえば、礼儀(れいぎ)・作法(さほう)など、少し堅苦(かたぐる)しく聞こえるかもしれません。しかし、人間の社会生活の中で礼儀・作法がなかったらどうなるでしょう?

 礼は人間の共同生活において、節度(せつど)を与(あた)えるものです。つまり、マナーだとか規律(きりつ)だとか、本当は守らなければならない、厳(きび)しい性質のものです。しかし、これが形式ばかり目立つようになると窮屈(きゅうくつ)ですね。だから、現代は昔に比(くら)べて、形式だけの礼(虚礼(きょれい))は省略(しょうりゃく)される傾向(けいこう)があります。

 どう思いますか?


 ◆和について◆

 「和」は「やわらぐ」「なごむ」とも読みます。これは、まるくまとまった状態(じょうたい)であり、「平和」「調和」という意味があります。

 昔から、人が集まると、そこでは争いや疑(うたが)いがあったりして、心が安まりませんでした。だから、大事なポイントとして、十七条の憲法に「和を以て貴しと為す」という条文(じょうぶん)を入れたのでしょう。


 ◆礼の用◆

 人と人が安心して暮(く)らせるようになるために、まず、きまり(ルール)を作ります。しかし、これだけでは心が調和しません。そこで何が必要と考えたのでしょう。それが「礼」という考え方でした。

 論語では「昔の聖人(せいじん)といわれた王」も、やはりそうした調和を実現したから「美しかった」(ここでは質が高かったという意味)と述(の)べています。

 しかし、現実はなかなかうまくいかないことがありますね。自分が納得(なっとく)できないのに、むりやり調和することはできません。納得いくまで議論することでしょう。ただし、そこに「礼」が無(な)ければ、ただの喧嘩(けんか)で終わると論語は教えます。

  (私塾(しじゅく)「尚風館(しょうふうかん)」講師・小倉雅介(おぐらまさすけ))

2015年4月29日 無断転載禁止

こども新聞