論語(ろんご)で温故知新(おんこちしん)(22)


【訳(やく)】

 先生(孔子(こうし))が言われた。極端(きょくたん)に偏(かたよ)る考え方や行動ではなく、ちょうど適度(てきど)であることは最高の徳だよ。それにしても、この最高の徳を持つ人が少なくなってずいぶん久しいな。


考え方のバランスとれているかな?

 「過(す)ぎず足(た)りないでもなく、ちょうどよい」ということ。これは簡単(かんたん)なようで難(むずか)しいことです。なぜなら、「ちょうどよい」というところが自分には分かりにくいからです。


 ◆中庸(ちゅうよう)とは◆

 極端な意見や行動は目立ちます。はっきりしているので、時にはかっこよく見えたり、一見(いっけん)おもしろそうに見えることがあります。極端に偏れば偏るほど分かりやすい。しかし、バランスを崩(くず)しやすいので危険(きけん)でもあります。

 たとえば「競争は勝たねば意味がない。だからどんなことをしても勝てばいいのだ!」。一方で「競争なんかがあるから不平等になるのだ。勝ち負けがあってはならない。だからあらゆる競争に反対だ!」という対立意見があります。さて、みなさんはどうしますか?

 「二人とも極端だよ」という声が聞こえそうです。極端に走ると、いつの間にか考え方のバランスを崩してしまいがちです。「競争は必要だけど、礼節や相手を思いやる精神(せいしん)(仁(じん))が大事だ」という、考え方のバランスがとれたものを「中庸」というのです。例えるなら「心のやじろべえ」といえましょう。


 ◆昔も今も◆

 極端に行き過ぎた考え方は昔も今もあるようです。歴史を振(ふ)り返(かえ)ってみると、極端と極端がぶつかり合うと、争いになります。中庸のバランスを失った争いは、やがて破滅(はめつ)へとつながります。それはお互(たが)いに不幸です。分かっているのに偏るのは、どうしたことでしょう。

 「今さえ良ければ」「自分さえ良ければ」という利己主義(りこしゅぎ)(自己(じこ)チュー)では中庸の徳は難しいね。

 さて、みなさんの心のやじろべえはバランスをとって立っているのかな?

  (私塾(しじゅく)「尚風館(しょうふうかん)」講師・小倉雅介(おぐらまさすけ))

2015年9月2日 無断転載禁止

こども新聞