論語(ろんご)で温故知新(おんこちしん)(26)


【訳(やく)】

 先生(孔子(こうし))が言われた。人の道に外(はず)れたことをすれば天罰(てんばつ)を受けることに決まったことだよ。どの神様に祈(いの)ったところで聞き入れてはもらえないでしょう。


良いことも悪いことも神様はお見通(みとお)し

 「良いか悪いかは別にして、力のある人には黙(だま)って従(したが)っていた方が得(とく)をするということについてどう考えますか?」という問いに対して、あなたはどう答えますか?

 人の心は損(そん)か得かという計算・下心(したごころ)で、得をする方へ傾(かたむ)きます。そのこと自体は良くも悪くもありません。「どちらがいいか」先を見通(みとお)したり、より良い効果(こうか)を計算することはふつうの知恵(ちえ)なのですから。


 ◆天とは◆

 「目に見えない偉大(いだい)な存在(そんざい)」を孔子は「天」という言葉で表現(ひょうげん)しています。そして「天は見ている」と孔子はよく言っています。

 つまり、良いことでも悪いことでも、どんなにこっそりとやったつもりでも、天の神様は全部お見通しだということでしょう。

 自分の思い通りにならないことがよくあります。「予想外(よそうがい)」などという言葉は人間の勝手(かって)な都合(つごう)から出た言葉なのでしょう。その証拠(しょうこ)に、人間の予想できないことが世の中にはたくさんありますね。

 孔子は窮地(きゅうち)(ピンチ)に立たされたことが何回もありました。時には命が危(あぶ)なくなったこともありました。その時、孔子は「天が自分を見捨(みす)てるはずがない」と言って窮地を脱(だっ)しています。

 「今だけ・自分だけ良ければいいというような、人の道から外れたことはしていない」という自信があったのでしょう。


 ◆祈(いの)り◆

 天はいつでも自分の都合の良いことにばかり動くとはかぎりません。

 「今だけ・自分だけ良ければいい」このような人でも、まさかのピンチに立たされた時に「神様仏(ほとけ)様」と祈ります。しかし、残念な結果に終わることが多いのはうなずけます。


 ◆感謝(かんしゃ)◆

 「自分は何か分からないが大きなものによって、生かされている」という謙虚(けんきょ)な考えがだいじですね。

  (私塾(しじゅく)「尚風館(しょうふうかん)」講師・小倉雅介(おぐらまさすけ))

2015年10月28日 無断転載禁止

こども新聞