論語(ろんご)で温故知新(おんこちしん)(30)


【訳(やく)】

 先生(孔子(こうし))が言われた。やり過(す)ぎたり、出しゃばりはかえってうっとおしくなることがある。また、引っ込(こ)み過ぎて、もう一歩及(およ)ばないというのも困(こま)ったものだ。結局、どちらも同じようなものだよ。


やり過(す)ぎも引っ込(こ)み思案(じあん)も困(こま)る

 何が良くて、何が劣(おと)るのか、時々分からなくなることがありませんか?

 ものごとの善(よ)し悪(あ)しは、時代によって、あるいは場合によってさまざまです。


 ◆二人の弟子(でし)◆

 この章句(しょうく)は子張(しちょう)と子(し)夏(か)、二人の弟子を比(くら)べてどちらがすぐれているか、孔子に聞いたものです。

 子張は何でもやり過ぎるところがあって、大変立派(りっぱ)なのだが、「人を思いやる心」を成(な)すことは難(むずか)しい。一方の子夏は詩(し)をこよなく愛し、まじめな性格(せいかく)で良いのだが、引っ込み思案(じあん)なところがある。また、あるとき、我(わ)が子が死亡(しぼう)した際(さい)に、あまりの悲しみで、目が見えなくなってしまったそうです(中国古典の「礼記(らいき)」より)。

 みなさんなら、どちらがすぐれていると思いますか?

 やる気に満ち、しかもどんどん前に進む子張の方がすぐれていると思うかな。

 しかし、孔子の言葉は違(ちが)いました。どういうことでしょう?

 ◆ちょうどよい◆

 大きな川を水が流れています。川のおかげで田畑がうるおい、いろいろな作物が育ちます。しかし、大洪水(だいこうずい)になると川の堤防(ていぼう)が壊(こわ)れて周辺(しゅうへん)の家や田畑を水浸(みずびた)しにします。場合によっては人々の命さえ奪(うば)います。

 一方、日照(ひで)りの日が続くと、川の水が干上(ひあ)がってしまいます。すると、あらゆる作物がかれてしまいます。そればかりか、水道は止まり、生活に大変な不便をかけてしまいます。

 それにしても、私たちの生活の中で、ちょっと自然のバランスが崩(くず)れると困ることがたくさんあると思いませんか。

 私たちは日常(にちじょう)当たり前と思って生きています。しかし、よく考えてみると、「ちょうどよい」というバランスの中で生きているのです。これは、自然ばかりでなく、あらゆることに当てはまると思いませんか。

 (私塾(しじゅく)「尚風館(しょうふうかん)」講師(こうし)・小倉雅介(おぐらまさすけ))

2015年12月23日 無断転載禁止

こども新聞