漫画家 園山 俊二(そのやましゅんじ)(松江市生まれ)

松江が大好きだった園山俊二=最後の帰省となった1991年8月13日、松江城を背景に宏子夫人撮影
古里(ふるさと)慕(した)う気持ち描(えが)く

 松江市出身の漫画家(まんがか)・園山俊二(そのやましゅんじ)(1935~1993年)は、松江城が迫(せま)って見える四十間堀川(しじゅっけんぼりがわ)近くの教員家庭で、6人兄姉(きょうだい)の末っ子として生まれました。今年は生誕(せいたん)80年になります。

 幼(おさな)いころは、フナ釣(つ)りやトンボ捕(と)りに明け暮(く)れ、小動物など生き物大好きの少年でした。中学校ではボーイスカウトに参加し、登山や自然の中での野外キャンプに夢中になりました。

 幼稚(ようち)園から高校まで同級生で、親友だった医師の信太秀夫(しだひでお)さん(79)=信太内科医院(松江市殿町(とのまち))=は「かわいがられて育ったために、誰(だれ)かとけんかしたとか怒(おこ)ったことが記憶(きおく)にない」というような穏(おだ)やかな人でした。

 また、「小学校1年か2年の時、描(えが)いた漫画を見て『えっ!』と思ったほど、絵がうまかった」(信太さん)と、小さい時から発揮(はっき)していた才能(さいのう)を振(ふ)り返ります。

松江開府400年祭の記念事業として、生家近くの親水公園「園山俊二のお堀端」に建立された記念碑=除幕式のあった2011年4月23日、松江市外中原町
 早稲田(わせだ)大学に進み、漫画好きの仲間だった東海林(しょうじ)さだおさん、福地泡介(ふくちほうすけ)(故人)らと漫画研究会を創設(そうせつ)。学生時代に、代表作の「がんばれゴンベ」で全国的に漫画家デビューしました。

 田舎(いなか)育ちの山猿(やまざる)ゴンベが上京して、都会で仲良く明るく暮(く)らしていくという物語。58年から亡(な)くなる前年の92年まで、新聞に34年間、9775回連載(れんさい)された、息の長い作品となりました。

 松江から東京に出た俊二が、家族の絆(きずな)や古里(ふるさと)を思い慕(した)う自分の気持ちを表現したといわれています。

 このほかに、「ギャートルズ」「花の係長(かかりちょう)」や、愛犬のガタピシで有名となり13年間連載が続いた「ペエスケ」など、やさしさと温かさでほのぼのとした日常を描くユーモア漫画で知られ、いろいろな漫画賞を受賞しました。

 信太さんの妹で、妻の宏子(ひろこ)さん(72)=東京都杉並区=は、俊二について「やさしくて、松江の自然が大好きでした」と話しています。

 学生時代、手術の時に受けた輸血(ゆけつ)によって肝炎(かんえん)に感染(かんせん)したことで肝臓(かんぞう)を悪くしました。後半の10年間は入退院を繰(く)り返し、57歳の若さで亡(な)くなりました。

 俊二の功績(こうせき)をたたえ松江市内には外中原(そとなかばら)町の「親水公園」、岸公園(袖師(そでし)町)、松江テルサ(朝日町)前や宍道(しんじ)ふるさと森林公園に登場人物の像(ぞう)が建っています。


2015年1月14日 無断転載禁止

こども新聞