紙すきの人間国宝 安部 榮四郎(あべえいしろう)(松江市生まれ)

雁皮紙をすく技術が高く評価され、国の重要無形文化財保持者に認定された安部榮四郎=松江市八雲町東岩坂の自宅、安部榮四郎記念館提供
彩(いろど)り美しい「出雲(いずも)民芸紙」創作

 日本古来の和紙の原料と手すき技術(ぎじゅつ)を用いて、記録保存(ほぞん)に適(てき)した雁皮紙(がんぴし)をすき、国の重要無形文化財(ざい)雁皮紙製作(せいさく)技術保持(ほじ)者(通称(つうしょう)、人間国宝(こくほう))に認定(にんてい)された安部榮四郎(あべえいしろう)(1902~1984年)は、松江(まつえ)市八雲(やくも)町東岩坂(ひがしいわさか)で紙すきの家に生まれました。伝統(でんとう)の出雲和紙(いずもわし)の中から、彩(いろど)りの美しい「出雲民芸紙」を創作(そうさく)した功績(こうせき)が高く評価(ひょうか)されています。

 榮四郎は小学校卒業後、家業を手伝い1923(大正12)年、21歳(さい)の時に島根県工業試験場紙業(しぎょう)部に入りました。いろいろな紙のすき方を専門(せんもん)的に学び、研究熱心な紙すき青年でした。

 31(昭和6)年、松江を訪(おとず)れた民芸運動の提唱(ていしょう)者・柳宗悦(やなぎむねよし)に出会って、雁皮という木の樹皮繊維(じゅひせんい)を原料にしてすいた雁皮紙を、とてもほめられました。水にも虫食いにも強く、永久保存(えいきゅうほぞん)に適した紙で「和紙の王様」とも呼(よ)ばれています。

 また、障子紙(しょうじがみ)、壁(かべ)紙などに使うコウゾ紙、便(びん)せんや封筒(ふうとう)、紙幣(しへい)など一番多く使われるミツマタ紙といった和紙をすいていきます。古来からの出雲和紙を改良した「出雲民芸紙」は、全国に熱心な愛好者が広がりました。

卒園証書用の出雲和紙をつくるため、一人一人が紙すきをする、みつき保育園(松江市西津田)の年長児=松江市八雲町東岩坂、安部榮四郎記念館隣の手漉き和紙伝習所
 60(同35)年から3年間、聖武天皇(しょうむてんのう)の遺愛(いあい)品などを納(おさ)めた正倉院(しょうそういん)(奈良(なら)市)宝庫(ほうこ)の中で、千年を超(こ)えて保管されてきた雁皮紙について調査(ちょうさ)研究。復元(ふくげん)してすくことに成功しました。68(同43)年には、文化庁(ちょう)から重要無形文化財保持者に認定されます。

 柳宗悦との出会いをきっかけに民芸運動に参加。安来(やすぎ)市出身の陶芸(とうげい)家・河井寛次郎(かわいかんじろう)や、版画(はんが)家の棟方志功(むなかたしこう)らとの交友を広げていきます。

 83(同58)年、和紙の収集資料(しゅうしゅうしりょう)や河井寛次郎、棟方志功らの民芸作品を保存、展示(てんじ)するため、生家近くに「安部榮四郎記念館」を建設(けんせつ)。隣接(りんせつ)地に、和紙技術者育成のために「手漉(す)き和紙伝習所(でんしゅうしょ)」を開設しました。

 紙すき体験ができる伝習所では、市内の園児や小中学生が卒園証書(しょうしょ)や卒業証書に使う紙をすく、ほほえましい光景も見られます。

 記念館の理事長を務(つと)めている孫(まご)の信一郎(しんいちろう)さん(64)は「出雲民芸紙は、祖父(そふ)榮四郎が創(つく)り出した『和紙そのものの美しさ』を持っています。私どもは榮四郎の技と精神(せいしん)を引き継(つ)いで、多くの方に使っていただけるような和紙をすいていきたいと思っています」と話しています。


2015年12月16日 無断転載禁止

こども新聞