(45)愛知の金屋子 トヨタ発祥の地に鉄の神

金屋子神を祭る豊田自動織機本社工場内の豊永神社。鉄の神への尊崇が、今もトヨタ発祥の地で大切に受け継がれていた=愛知県刈谷市豊田町2丁目
豊田自動織機が50年連続で国内販売シェア首位を守り続けるフォークリフト生産事業の中核施設・高浜工場=愛知県高浜市豊田町2丁目
 「トヨタ」の発祥の地、愛知県刈谷市豊田町の豊田自動織機本社工場。整然とした敷地内に、ひときわ清浄な一角がある。長年、グループの繁栄を見守ってきた豊永神社だ。1月8日、近くにある市原稲荷神社の小嶋今興宮司(53)が祝詞を奏上し、創業90周年行事の安全や社業の発展を祈願した後、同社の河井康司執行役員(56)ら13人が玉串をささげた。

 豊永神社は1939年5月、織機生産に欠かせない製鉄工場の稼働に合わせて社殿を設けた。祭神は、安来市広瀬町西比田に本社を置く鉄の神・金屋子神社、武運長久の神・熱田神宮、防火の神・秋葉山神社から勧請(かんじょう)した。今も毎年例祭を行う。

 豊田自動織機は26年、豊田佐吉の発明を基に娘婿の利三郎が創立。そして佐吉の息子の喜一郎が、佐吉の遺志を継ぎ、33年に同社自動車部を立ち上げた。後のトヨタ自動車も刈谷の地で産声を上げ、世界へ羽ばたいた。豊田自動織機も、織機に加えて生産するフォークリフトは今や国内シェア47%を誇り、世界シェア2割(年間約20万台)に達するトップ企業だ。

 トヨタグループの原点・刈谷の地になぜ、金屋子神社が祭られたのか。河井執行役員は「豊永神社は第2製鋼工場の完成時に整備された。製鉄や鍛冶の神様である金屋子神を祭ったのでしょう。フォークリフトも自動車もまさに鉄の塊ですから」と説明する。

 ただ、金屋子神社を勧請した経緯は今も不明で、一時は金屋子の意味さえ失われていた。2002年、佐吉のおいにあたる豊田芳年・豊田自動織機名誉会長(90)が、金屋子の由来の調査を指示し、安来市の金屋子神社を探し当てた。03年には同神社の安部正哉宮司(93)が豊永神社を初めて参拝した。

 安部宮司によると、金屋子信仰は中国地方と兵庫県のたたら場、鍛冶屋に限られる上、愛知県の隣の岐阜県垂井町に金属の神として全国に信者を持つ南宮大社がある。安部宮司は「大正時代に中国地方でたたらが絶え、仕事を失った鍛冶職人たちが金属加工の技術を必要とした豊田に雇われ、金屋子信仰を持ち込んだのではないか」と推測する。たたらの終わりを境に、職人たちが金屋子神を抱いて新天地に向かう姿が目に浮かぶようだ。

 明治以前は1200カ所に金屋子神が祭られたと伝わるが、大正時代以降は次第に信者が減少した。ところが近年、インターネットなどで情報を得て、新たに分霊を求める製鉄関係の企業が増え、今も約200社が熱心に信仰している。

 「信じる者は強い」と安部宮司。佐吉の精神を受け継ぐ豊田綱領には「神仏を尊崇し、報恩感謝の生活を為(な)すべし」の一文が残っている。

2016年2月1日 無断転載禁止