論語(ろんご)で温故知新(おんこちしん)(36)


【訳(やく)】

 先生(孔子(こうし))が言われた。リーダーとなる人は、言うことが立派(りっぱ)だからというだけで、その人のすべてを信用したりはしない。一方、ふだんの行動が良くないからといって、その人の発言をすべて切り捨(す)てるということもしないものだよ。


極端(きょくたん)な気持ちにならないようさとす

 「言うことだけなら誰(だれ)でも言える」とか、「あんな奴(やつ)の言うことなんか放っておけ」。こんな言葉をよく聞くことがあります。今も昔も、人の心は変わりません。


 ◆人を挙(あ)げず◆

 人間には感性(かんせい)(特に感情(かんじょう)や欲望(よくぼう)などの心の動き)と理性(りせい)(感情にとらわれないで物事をありのままにとらえ、判断(はんだん)する心の動き)があるといわれます。論語では、この二つが調和してバランスがとれている人のことを君子と呼(よ)びます。

 人はどちらかといえば、感情的(かんじょうてき)で熱くなりやすいために、判断(はんだん)を間違(まちが)えることが多いようです。よく言われる「キレル」という心の動きなど、その極端(きょくたん)な例でしょう。

 しかし、感性は人間の持つ豊かさでもあるのです。「美しい言葉」「正しい言葉」「おしゃれなジョーク」など、つい心を動かされてしまうことがよくあります。しかし、「わずかな疑問(ぎもん)を見つけることも大事だよ」と論語は述(の)べています。


 ◆言を廃(はい)せず◆

 孔子が悪(にく)む人として「人の悪口を言いふらす人」「上の者を敬(うやま)わない人」「勇ましいけど無礼(ぶれい)な人」「人の意見を聞かない人」があります。たしかに、こんな人の言うことなど信じたくありませんね。それでも、好き嫌(きら)いとは別に、うまく付き合わなければならないのが人間の社会です。○×はっきり区別していけるほど、人間社会はかんたんではないのです。

 このように考えると信用できないと思う人の言葉でも、その中にある小さな真実を探(さが)す心を持ちなさいということでしょう。

 今日の章句(しょうく)は「全部○」とか、「全部×」という極端(きょくたん)な気持ちになりかけた時、思い出してみるとよいですね。

  (私塾(しじゅく)「尚風館(しょうふうかん)」講師(こうし)・小倉雅介(おぐらまさすけ))

2016年3月16日 無断転載禁止

こども新聞