論語(ろんご)で温故知新(おんこちしん)(37)


【訳(やく)】

 先生(孔子(こうし))が言われるには、昔、学問をする人たちは、自分自身の教養を高めることが目的であったが、最近の学問をする人たちを見ていると、まわりの人から、高く評価(ひょうか)してもらうのが目的のようだ。


みんなは何のために勉強しているの?

 今でも、人はあまり変わらないようです。

 「あなたは何のために勉強しているの?」

 「怒(おこ)られたくないから?」「ほめてもらいたいから?」。いつの間にか、なぜか違(ちが)う方向を向いてしまったようです。皆(みな)さんにも、こんなことはありませんか?


 ◆学ぶ本能(ほんのう)◆

 もともと、人は学ぶ本能(ほんのう)を持っています。生まれてから死ぬまで、学び続けるのが生き物です。ただし、動物の学びは生きのびるための学びです。きびしい自然や他の動物から身を守るために学びは絶対(ぜったい)に必要です。したがって、学びをしない動物は生きのびていけません。

 人も同じで、学びが終わることは一生が終わることを意味します。


 ◆学ぶ目的◆

 人間は「もっと知りたい」「もっと賢(かしこ)くなりたい」「もっと有名になりたい」「もっと豊(ゆた)かになりたい」などと「欲(よく)」が絡(から)むことがあります。これが普通(ふつう)の人間です。このこと自体は悪いことではありません。むしろ、やる気に火が付いて、いっそう努力を続けることにもなります。

 それでは何が問題か?

 「有名になること」「金持ちになること」それだけの目的で勉強するのであれば、やってはいけないことや人をだますことに気持ちが向いてしまうことがあります。後で手抜(てぬ)きやうそがバレてニュースになり、大騒(おおさわ)ぎになることもありました。これでは今までの努力や実績(じっせき)がいっぺんに消えてしまうことになりますね。

 学んだことがすぐに役に立つとか、人からほめられるということにならないかもしれません。しかし、これが普通なのです。

 論語にいう「己(おのれ)の為(ため)にし」とは「自分の徳(とく)を高め、志(こころざし)を固(かた)くするために学ぶ」ということなのです。

  (私塾(しじゅく)「尚風館(しょうふうかん)」講師(こうし)・小倉雅介(おぐらまさすけ))

2016年3月30日 無断転載禁止

こども新聞