暫定2車線の弊害 第2部 道路構造(4)大規模災害への備え

復旧工事が行われた仙台北部道路の暫定2車線。片側交互通行規制で渋滞が生じた=2012年7月、宮城県利府町(東日本高速道路提供)
有事の「命の道」実現を

 ブレーキランプが数珠つなぎで並んだ。東日本大震災から2カ月後の2011年5月、宮城県の三陸自動車道。島根県社会福祉協議会のボランティア隊21人が乗ったバスは、宮城県松島町から石巻市へ向かう暫定2車線(片側1車線)道路で渋滞に巻き込まれた。

 通常は片道1時間程度の道のり。午前から全壊した家屋を片付ける予定だった。「一向に進まず、もどかしさが募った」と引率した同社協の樋原敬士さん(42)。到着は約2時間遅れ、作業時間が減った。

 被災地には、救援物資を届けるトラックや工事車両が一気になだれ込んだ。1日2千人のボランティアを受け入れた石巻市社協職員の今野啓夫さん(37)は「出発時間を早めるよう呼び掛けたが、2~3時間の遅れは珍しくなかった。インフラ拡充の必要性を感じた」と振り返った。


輸送効率が低下

 震災で東北地方の高速道路は路面亀裂や段差発生が相次いだ。東日本高速道路東北支社管内の約1300キロのうち、約600キロが被災し、被災箇所は舗装や橋など約4千カ所に上った。復旧工事は段階的に行われ、被災翌日には緊急車両通行が可能になり、13日後には大動脈の東北道をはじめ、ほぼ全線で一般車両が通れるようになった。

 一方、暫定2車線区間では課題が浮かび上がった。国土交通省によると震災後の4月、時速80キロ未満での走行を強いられた区間の割合は4車線の約40%に対し、2車線は約75%。復旧工事は片側交互通行規制にせざるを得ず、渋滞で輸送効率が低下した。


震災で願い強く

 「高速道は住民避難や必要な人員、物資を運ぶ重要な役割を果たし、住民を守る『命の道』だった」

 福島県知事が会長を務める三つの建設促進期成同盟会は14年7月、国交省などに、津波被害と福島第1原発事故に遭った太平洋沿岸部を通る常磐道で、未開通区間解消と4車線化を同時に要望した。常磐道がつながった翌15年には、新潟県を結ぶ磐越道を合わせた暫定2車線(計222キロ)の4車線化を重ねて求めた。

 寸断された道路があっても、別の道路で役割を補った教訓から、災害時の避難・物資輸送路としての思いを盛り込んだ。期成同盟会事務局長を務める福島県高速道路室の鈴木秀彦室長は「災害に強い道路への願いは震災を経験して強まった。4車線化を早期に実現させたい」と力を込める。


避難ルートに計画

 「これまでの道路整備は災害に備える視点が十分でなかった」。国交省の社会資本整備審議会に有識者として加わる、東京大大学院工学系研究科の家田仁教授(社会基盤学)は15年12月、道路整備の事業採択基準に災害時の代替路確保など、防災機能の評価を加味する手法の改定に携わった。「実態に合わせ、少しでも安全な道路になるよう各地域が工夫し、独自の道路ビジョンを提案する力が求められる」と指摘する。

 暫定2車線が9割を占める山陰両県。高速道は緊急輸送道路に設定され、島根原発の災害を想定した広域避難計画では避難ルートに組み込まれている。

 ひとたび大規模災害が起きれば、東北地方であったような混乱は想像に難くない。その時、暫定2車線の道路は機能するのか。発生5年を迎える大震災は難題を突き付けている。

2016年3月10日 無断転載禁止