暫定2車線の弊害 第5部 課題(5)悲願成就

地図を広げて山陰自動車道の将来像を議論する江津青年会議所のメンバー=江津市嘉久志町
官民挙げ熱意と知恵を

 「やっとここまで来た」。2014年5月、新潟県妙高市であった上信越自動車道・信濃町インターチェンジ(IC、長野県)―上越ジャンクション(JCT、新潟県上越市)間の暫定2車線(片側1車線)を4車線化する工事の着工式。妙高市の入村明市長(68)は、万感の思いを込めてくわ入れした。

 同自動車道は1999年、203・4キロが全線開通。順次4車線化され、信濃町IC―上越JCT間の37・5キロが、簡易ポールで上下線を区切るといった暫定2車線で残っていた。

 対向車線へのはみ出し死亡事故が懸案だった。開通から約17年間で11件発生して16人が亡くなり、死亡事故原因の8割を超えた。


実現には紆余曲折

 4車線化の実現には紆余(うよ)曲折があった。09年4月に国土開発幹線自動車道建設会議(国幹会議)で計画が了承されたが、公共事業削減を掲げた民主党(現民進党)に政権が代わり同10月に凍結。翌10年4月にゴーサインが出たものの、財源が確保できず、同12月に再び先送りされた。

 同自動車道建設促進期成同盟会と上越、妙高両市長らが要望書を携え、国に働きかけたのは12年4月の事業再開発表まで実に14回。はみ出し死亡事故を受けた緊急要望も行った。

 要望書にはできる限り写真や最新のデータを盛り込み「分かりやすく実態を伝えるよう工夫を重ねた」と上越市の野口和広副市長(65)。国幹会議委員の一人、政策研究大学院大学の森地茂教授(72)は「決断する側としては『なぜ優先するのか』という根拠がほしい。その点で上信越道は明確だった」と振り返る。

 信濃町IC―上越JCT間の工事費は約620億円。18年度の4車線化に向け工事が進む。入村市長は当時、要望活動とは別に“キーマン”とされる官僚らを訪ね、名刺を一度に70~80枚配った。「他自治体と同じでは気持ちは伝わらないと思った」と明かす。


安全性含め議論

 事故の原因は運転者の過失が根本にある。ただ、暫定2車線区間が9割を占める山陰両県の高速道路でのはみ出し事故は13~15年で161件起き、10人が犠牲になった。構造上、問題点があるのも否定できない。

 今月14日、江津青年会議所のメンバーが集まり、高速道をテーマに自由に話し合った。山陰自動車道の福光・浅利道路(大田市温泉津町福光―江津市松川町)の新規事業化を喜びつつ、議論は暫定2車線になる道路の安全性に及んだ。

 「分離帯を付けると整備に遅れが生じないか」「はみ出し事故の実態に照らせば、今考えるべきではないか」。前理事長の平下智隆さん(40)は「事業化の決定は終わりではない。将来、道路をどう活用するかを考える場をつくりたい」と沿線の青年会議所と連携し、安全性を含めて議論する青写真を描く。

 3月に官民で発足した「山陰両県高速道路安心安全強化推進協議会」の委員で、島根県商工会議所連合会の古瀬誠会頭(69)は長期計画として4車線化を見据え「まずは中央分離帯設置を明確に打ち出さないといけない」と強調する。

 限られた予算で高速道路網を整備する日本特有の「暫定2車線」。早期拡充を望み、安全対策が万全とは言えない“未完成な道路”を受け入れた結果、予期せぬ事故で命を失う現実に直面している。熱意なくして知恵は生まれない。官民一体で実効性ある対策を施し「命を守る高速道」にする必要がある。

   =第5部おわり=

2016年5月27日 無断転載禁止