アキのKEIルポ 全て絞り出し強い心に

痛み乗り越え新たな自分

 予兆は、試合当日の練習からあった。本来30分の予定のところを15分で切り上げ、しかもサーブ練習はなし。「コートに立つことなく棄権するのでは?」。報道陣の間では、そんな予測がささやかれた。

 コートに立つには立っていたが、その姿は痛々しい。マリン・チリッチのサーブに反応すらできない。ボールを打とうと体をひねっただけで「うっ」とうめき声をこぼす。「なぜ止めないのか?これでは観客にも失礼ではないか…」。正直、そんな思いも胸をよぎった。

 だが、試合後の錦織の会見の様子を見て、全て合点がいった気がした。「人生で一番、痛みと戦った」。この言葉を聞いて、ふと思い出すことがある。

 彼が19歳で肘の手術を受け、完治したと思われながらも、消えぬ痛みに苦しんでいた時のこと。ほぼ面識のないコーチから掛けられた「痛くても、一度それを乗り越えてプレーしてみろ」の言葉に従い、歯を食いしばり練習を続けたところ、不思議と痛みは消えたのだという。

 その時と今回の状況は、当然違う。それでも痛みを乗り越えた先で、彼は、新たな自分に出会えると思っていたのかもしれない。

 「出しつくした感はある」。全てを絞り出したその器は、より強い心で満たされるのだろう。

 (フリーライター・内田暁)

2016年7月6日 無断転載禁止