女子ログ 魚と噂をブリキ箱に詰めて

 週2日、近所に魚の行商さんが来る。軽トラの中には港から揚がったばかりの魚がぎっしり。眺めるだけでうれしくなる。

 それで思い出すのが父方の祖母のことだ。仁摩町(現大田市仁摩町)で生まれ育った祖母は戦後、大家族の生計を支えるために、どんな商売にも挑戦した。その一つが魚の行商だった。

 「港で魚を仕入れて、汽車に乗って出雲に売りに行くんだ。自分より大きいブリキの箱に魚を詰めて、風呂敷に包んで背負ってな。あの頃はそんな女衆がようけおったよ」「夕方の帰りの汽車ん中は、指につば付けて懐のお札を数える女衆であふれててな、そりゃあにぎやかだった」

 汽車の中はさぞ魚の匂いに満ちていたことだろう。

 ところで、彼女らの働きは単に魚を売るだけではなかった。行く先々で世間話をする。景気、さまざまな町の噂(うわさ)、そして縁談話。

 「うちの親戚の四男坊に、誰かええ人おらんかねえ」「ああ、近所にちょうどええ娘さんがおりますよ」

 このように縁を取り持った例が相当あったらしい。現に「祖父は出雲から婿に来た人で」といった話を地元でよく聞く。もちろんその逆もある。

 テレビもインターネットもない時代、彼女らはブリキ箱の中に新鮮な魚と新鮮な情報を詰めて行き来する名うての営業ウーマンであり、地域を結ぶ貴重な存在でもあったのだ。

   (大田市・ぽのじ)

2016年8月16日 無断転載禁止