映画プロデューサーのささやかな日常(40)

「男はつらいよ」の1作目のポスター((C)松竹)
 寅さんのいない夏。

   “堅苦しい時代”打破を


 8月4日は、1996年、ちょうど20年前に亡くなった名優・渥美清さん(享年68歳)の命日でした。そして先日、没後20年にちなみ、松竹のお膝元の映画館「東劇」で渥美さんの代表作「男はつらいよ」シリーズ第1作(69年公開)の上映イベントが行われました。トークショーには山田洋次監督をはじめ、妹さくらを演じた倍賞千恵子さん、さくらの夫となる博を演じた前田吟さんら、ゆかりのメンバーが登壇し、久々に顔をそろえました。

 まず山田監督が「そもそも(『男はつらいよ』は)松竹は大反対していた企画だった。『フジテレビで(ドラマとして)放映した作品をなぜ映画にする意味があるのか』と文句を言われた。なんとか説得して製作できたものの、試写室では笑いが起きず、自分には才能がないとひどく落ち込んだ。公開日、会社の人間から電話がかかってきて、すぐ劇場に見に来いと言う。すっ飛んで行くと、お客さんは大喜びで爆笑していた」と当時の秘話を。

 倍賞さんは「実は監督の見えないところで、渥美さんは本番前にイタズラのように笑わせる。本当に我慢するのが大変でした」。前田さんも「渥美さんは、それまでじっとしていても何百メートルも走ってきたように息を荒くして演技にすっと入ってしまう。とんでもなくすごい人だった」と語られました。

 最後に山田監督は「昔の映画館は活気にあふれていた。今は大声禁止とか前の座席を蹴飛ばすなとか、行儀よく見るように言われる。僕は大反対。寅さんの時代は、もっと自由に映画が楽しめた。あの自由な空気がほしい」と、メッセージを伝えられました。

 実際に、1作目で描かれた寅さんはわがままな行動と、「けっこう毛だらけ猫灰だらけ! お尻の周りは糞(くそ)だらけ!!」のような皆が眉をひそめる汚い言葉で周囲の人々を困らせます。それは自由奔放で、やんちゃな子どもそのものです。だからこそ圧倒的に個性的で魅力的なキャラクターとして大人気になり、結果、世界最長となる48作ものシリーズになりました。

 歯に衣(きぬ)着せずものを言う寅さんですが、寅さんを囲む人々も負けてはいません。おいちゃんもたこ社長も、彼に振り回され大げんかしつつ、しまいには笑って許すようなおおらかな時代だったからこそ成立した作品だと思います。

 現代は大人のみならず、子どもまでもが自由な発言が許されない、空気を読んで行動しないといけないような堅苦しい時代になってしまったようです。日本が寅さんを許容しなくなったから、渥美さんは静かに去っていったかのように思えて仕方がありません。もし現代に寅さんがいたら? 近所から訴えられ、裁判に…? 寅さんがいた時代をしのびつつ、現代の閉塞(へいそく)感を憂うばかりではなく、それを突き破るような、寅さんを超える魅力的なキャラクターを創造したい、と思う夏です。

 (松竹映像本部 映画プロデューサー・石塚慶生、米子市出身)

2016年8月19日 無断転載禁止