秋山英宏の全米リポート 珍しい泥くさい勝利

元コーチの教え生かす

 相手のマッチポイントを3度逃れたリオ五輪準々決勝にも匹敵するような、苦しい勝利だった。水切り石のように低く弾んでくるマユのスライスに、攻めを封じられた。ネットに詰めるマユに重圧をかけられ、錦織のパスはことごとくネットに掛かった。ファーストサーブの不調は苦戦の最大の要因だろう。

 最悪の展開も考えたという。「このままいくと負けるだろうな」。ただし、それはあくまでも危機管理の範疇(はんちゅう)だ。

 この試合に限らず、錦織はあらゆる展開を頭に描いて試合を進めるという。「なるべくポジティブに考えようとはしているが、同時に、最悪の展開は常に想定している」というのだ。備えがあれば、ピンチを迎えてもパニックに陥らない。大胆にして細心、勝負師の真骨頂だろう。

 くじけそうになるところをこらえ、小さな勝機をこじ開けての逆転勝ち。華麗な攻撃がトレードマークの錦織には珍しい、泥くさい勝利だった。彼の元コーチ、ブラッド・ギルバートのモットーは「醜く勝つ」。格好よく勝とうと思うな、不格好でも最後に笑えばいい、と策士は若い錦織に説いた。師弟関係は短期間で解消されたが、仕込まれた勝負哲学はどこかに生きていたのかもしれない。

 危うい勝利だったが、プロ転向から約9年間の経験と勝負勘でたぐり寄せた、中身の濃い白星ではあった。

 (テニスライター)

2016年9月5日 無断転載禁止