女子ログ 樹影譚

 年を重ねて初めて分かる面白さがある。酒井順子さんは「負け犬の遠吠え」で、友人が「松の美しさが分かるようになった」と言うのを聞いて爆笑したと書いていますが、私も最近、突如分かるようになったものがあります。丸谷才一さんの小説です。

 先日、病院の待ち時間対策に、家にあった文庫本を数冊カバンに突っ込んで出ました。その1冊が短編集「樹影譚」。村上春樹さんが紹介していたので30代の頃に購入しましたが、当時の感想は「退屈」。随筆か小説かもはっきりしないし、年寄りの妄想みたい、という印象でした。

 それが40代になった今読み返すと、本当に同じ本かと驚くほど面白い。読み終わった後、「はーーー」と長いため息をついて、すぐに2回読み返しました。文章も構成も、感心するほどうまい。主人公は山陰出身(ここもポイント)の老小説家で、なぜか壁に映る樹木の影に引かれている。きっかけについて記憶をたどるうち、思いがけない誘いが…という物語。細部までリアルなのに幻想的で、官能的なのに下品じゃない。何これ。

 病院では結局3時間待ちましたが、気づいたらたっていた、という感じでした。帰りに書店へ直行して丸谷作品を大人買い。好きな作家のまだ読んでいない本がある幸せ、というのを久々に味わっています。

   (出雲市・海苔蔵)

2016年10月14日 無断転載禁止