(83)土床坂(江津)

江戸時代の街道の一部で、石畳が現存する土床坂
石畳と標柱残る旧街道

 江の川河口にあり、日本海の海運の要所として栄えた江津市江津町の江津本町地区には、旧街道の一部だった「土床坂(つっとこざか)」が残る。天領(幕府直轄領)だった同地区と、浜田藩との境界(江津市嘉久志町付近)にあった坂道で、今も街道跡の石畳の一部を見ることができる。

 旧街道はかつて、東は石見銀山(大田市)へと続いていた。石畳の敷設は文献から1830年代ごろと考えられ、両端に大きな石を置いて道幅を整えた後、残りの石を敷き詰めたとみられる。道幅は約2メートル。石見焼の原料となる良質の粘土層があることが、名前の由来という。

 江津本町地区は江戸時代、北前船の寄港地として栄え、天領米の積み出し港としてもにぎわった。同地区から土床坂を上ると現在は市道につながり、近くには浜田藩と天領の境界を示す領界標柱も残っている。地上高約170センチ、幅約20センチの花こう岩でできた石柱には「従是西濱田領」の文字が刻まれている。

 同地区の住民らでつくる「本町地区歴史的建造物を活(い)かしたまちづくり推進協議会」の村川立美事務局長(67)は「土床坂の石畳と標柱は江津の貴重な文化財。大切に守っていきたい」と話す。 

2016年12月8日 無断転載禁止