世事抄録 敬称余談

 先頃、家内の付き添いで、2年ぶりに市内のある総合病院へ行った。ふと目に留まった待合室の壁に以下の趣旨が紙に書いて貼ってあった。曰(いわ)く、これまで患者を「○○さま」と呼んでいたが以後「○○さん」と呼ぶことにする、それは患者と医療者との「良好な治療関係を推進する」ため、という。そう言えば患者の名前を「さま」付けで呼ぶのはいつ始まったのだろう。

 自分がかかっていた市内の別の総合病院でも何年か前まで、患者をさま付けで呼んでいた。その病院では、待合室の患者を医者が直接「○○さま」と呼び、診察室に招じ入れるのである。お医者さまとは、人の命をあずかる尊敬すべき立場の人だと思っていたので、やんごとなき方々は別として、爺(じい)ごとき患者風情にどうしてさまを使わねばならないのか、何もそこまでしなくてもと思っていたものだった。ある時、さん付けに戻った時はホッとしたものだ。

 張り紙を見ながら、患者をさま付けで呼んでも患者と医療者との間に良好な関係が生まれなかったのだろうか、と思った。日本語の敬語の使い方はまことに難しく、2007年には国の諮問を受けた文化審議会が「敬語の指針」をまとめた。過重な敬語の使用は慇懃無礼(いんぎんぶれい)ともなりかねぬから慎むべきだが、今回の場合どうも「さま」にならなかったみたいで爺としてはちょっと安堵(あんど)のこころもちだ。

(松江・変木爺)

2016年12月25日 無断転載禁止