(86)鉄穴流し跡(邑南)

矢上地区の池に残る鉄穴流しで使われた水路の跡。水路の両脇にはいくつもの石が積み重なっている
たたら製鉄の歴史語る

 邑南町ではかつて、たたら製鉄が盛んに行われ、江戸時代には高品質の和鋼として全国に名を知られた出羽鋼の生産地でもあった。

 たたら製鉄の原材料となる砂鉄を採集するため、江戸時代に確立したとされるのが鉄穴(かんな)流し。崩した土を上流部の堤にためた水で一気に水路へ流し、下流に設けられた池で、重たい砂鉄を沈殿させ、それ以外の土砂と分けた。水路や池の位置を変えて、山を崩すことを繰り返した。

 同町矢上、中野両地区に広がる於保知(おほち)盆地には、小山がいくつもある。鉄穴流しによって造られた鉄穴残丘といわれる人工的な地形だ。両地区をはじめ町内には、水路の跡が多く残る。観光スポットになっている矢上地区の香木の森公園周辺でも、鉄穴流しの跡を見ることができ、砂鉄置き場の石積みなどが残っている。

 公園近くの温泉施設そばにある農業用水の池にも痕跡は存在し、池の中をのぞき込むと、平行するように、いくつもの石が積み重なっているのが分かる。これも鉄穴流しで使われた水路の跡という。

 矢上地区の住民らは、於保知盆地を生かした企画を展開し、原山の登山道整備や散策コース設定などで交流人口の拡大を目指す。子どもたちが地元の歴史を知ることも大切だと考えており、住民でつくる原山整備事業部の三浦幹雄部長(65)は「遠足で子どもたちが鉄穴流しの歴史を学び、家に帰ったら親に伝えるぐらいになってほしい」と期待する。

2017年1月19日 無断転載禁止