世事抄録 ギクリ

 現役のころ、受診年齢で会社から人間ドックに行くよう指示された。健診には脳ドックも含まれ、MRI(磁気共鳴画像化装置)の撮影を受け、最後に総合判定があった。中年の医師は机の上のモニターを起動して説明を始めた。

 画面では輪切りされた頭蓋骨が回転し始めた。やがて真ん中に点が現れ、次第に黒い塊になった。「ギクリ」とし、目が飛び出るほど驚いた。「脂肪の塊でしょう。悪さはしないと思うから経過を見ましょう」と医師はこともなげに言った。

 1年後、違う病院でセカンドオピニオンを聞いた。「ある程度覚悟して来たということですな」と医師はニヤリと笑い、「大丈夫と思いますが、もう一度撮りますか」といや応なしに再来院が決まった。 

 1カ月後、再度訪れMRIの後、延々と診察を待っていた。診察室からなかなか出てこなかった中年夫婦が、やっと出てきて隣に座った。入院の相談をする会話が聞こえ、ご主人がみるみるうちに肩を落としていった。

 順番になり入室すると、医師はフィルムを眺めながら、「以前からあったようで、悪いものではなく、手術できる場所でもないし…。まあ、無罪放免というところですかね」とまたニヤリと笑った。告知された夫婦の姿に「ギクリ」としたが、深刻な場面の後でも、冗談が言える医師のタフさには舌を巻いた。

 (出雲市・呑舟)

2017年1月22日 無断転載禁止