時代はまわる/若者が立ち上がる時

 島根経済同友会終身特別幹事  宮脇 和秀

 社会人になった1970年代から、あっという間に45年が経過した。20~50代にはほとんど回想なぞしなかったが、最近よく昔を思い出す。

 中島みゆきの「時代」の歌詞にあるように「時代はまわる」のである。当時、皆が夢中になったインベーダーゲームは、スマートフォンのポケモンGO(ゴー)へと進化し、燃費なぞ気にせず、女の子とのドライブを唯一の目的として“ハクイ”スポーツカーをローンで買ったのが、今は低燃費の小型エコカーとなった。

 裾が異様に広がったパンタロンはスリムパンツとなり、長髪をクルクル巻き上げたモンブランのごときヘアスタイルは、今やキャバクラ嬢が受け継いでいる。ピンヒールにアンクレットからルーズソックス、そして素足にスニーカー…もう訳が分からぬ。

 当時の世界はベトナム戦争後半と東西冷戦の真っただ中、オイルショックとニクソンショック、米国スリーマイルの原発事故など混沌(こんとん)としていた。

 国内はトイレットペーパー狂乱、1ドル=360円の固定相場から変動相場へと移行し、為替と貿易制限など混乱があったものの、田中角栄首相の「日本列島改造論」で経済に元気があった。

 そんな時代の初期に350人の学生が同期で入社した。頭より体力に優れ、根拠なき自信に満ち、やたら元気でチームワークだけは良い“アホ集団”であった。現在の学生の方が真面目でしっかりしている。

 半年近い研修を経て、それぞれが全国の赴任先へ。 ♪人は誰もただ一人旅に出て…と、はしだのりひこの「風」を口ずさみながら散らばり、私は本社の海外事業部へ配属され、むちゃくちゃに鍛えられた。

 当時の女子社員は一般事務職がほとんどであったが、海外事業部(通称カイジ)の女性はタイプライターを操り、英語で電話し、制服もイブサンローランを着用。ルージュの口紅に長いまつげで(今はエクステだが、当時の私は知るよしもない)、初めて見るキャリアウーマンはまぶしいと同時に田舎者の私は腰が引けた。

 変動相場以降、米ドルと英国ポンドの為替レートを深酒した先輩に毎朝報告しなければならないが、「今朝の円価は…」と言った途端に「バカヤロー、俺が聞いているのはエンカだ。おまえの言っているエンカは演歌だ。演歌は水前寺清子だろ。発音が悪い」としかられた。もはや「もう勘弁してくださいよ」であった。しかし、カイジ部の全員からとてもかわいがっていただき、成果を挙げた。

 最近の学生や若い社員は海外留学や海外赴任を嫌がると聞いた。安全で安心して暮らせる成熟社会を形成している日本は確かに住みよいが、少々保守的で刺激とイノベーションに欠く面もある。中国や発展途上国の台頭と先進国の停滞、ナショナリズムの拡大、国家間パワーゲームの危うさ、そしてネット社会…。1970年代の混沌(こんとん)と似ている気がする。

 元気・本気・ヤル気プラス若さ・明るさ・バカさを加味した若者が立ち上がる時であり、田舎の若者にこそ、素質があると信じている。いつも新たな時代を切り開くのは若い力である。

 心配なのは、49歳以下が富の70%を占めるアジア諸国に対して日本は30%でしかない、若い世代が決して豊かではないのである。GDPの60%は個人消費、その半分は50歳以上が占めているものの、高齢化で先細りになる。

 われわれ「スーパー・パワフル・ジジイ」は、次の日本を背負う若者たちが元気で豊かになるように支える義務がある。

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 みやわき・かずひで 1949年、大田市生まれ。慶応大卒。富士ゼロックス海外事業部・神戸支店勤務後、故郷に帰る。ミック代表取締役社長、MCセキュリティ、メディアスコープ代表取締役。島根スサノオマジック後援会長。

2017年1月22日 無断転載禁止