支え合う公共交通

 一畑バスが4月から松江や出雲で大幅に減便する。利用者が少ないので便数が減り、さらに利便性が下がり、利用が減る悪循環。車社会と人口減少が重なるなかで、公共交通といえどもやむを得ない面もあるのだろうか▼高齢者の交通事故が問題になっているが、免許を返上したくても公共交通が細れば移動もままならない。今の70代は若い頃からマイカーを運転した世代。中山間地域でも車を自在に乗りこなし、過疎が進む地域を支えてきた世代で、まだまだ現役が多い▼調査では75歳以上の交通死亡事故件数は、それ以下の世代の2倍を超える。判断力が鈍り、操作ミスから重大事故が起きる。それでも過疎地では車に代わる鉄道やバスがないので車を手放せなくなる▼三江線のように過疎地で公共交通を守るのは至難の業だ。JRには鉄道網を守る責任が一定程度あると思うが、極度の赤字なら撤退の道も許されている。公共交通の維持には利用者側の工夫と努力も必要になる▼例えば公共交通を年金に見立て、高齢で運転できなくなる日に備え、日頃から乗って支える仕組みはどうだろうか。明日はわが身、という思いを地域で共有して、利用するほど将来の運賃が安くなり、安心が増すシステムができないか▼江戸時代、橋のなかった大井川(静岡県)を渡る人は、人足を雇った。料金は肩車か荷台を使うかなどの運び方や川の水位で変わった。すなわちカネ次第。今の時代、車を運転できない人たちを皆で支え合える地域社会でありたい。(平)

2017年1月24日 無断転載禁止