春遠からじ

 聖書に「神は耐えられない試練を与えない」という一節がある。人生の歩みに立ちはだかる健康や人間関係、仕事などの壁。冬から春にかけては進学や就職という岐路も待つ。努力を重ねれば道は開けると信じていても、不安や苦しさに押しつぶされそうなときもある▼昨年末、89歳で他界したノートルダム清心学園理事長の渡辺和子さんは、9歳の時、旧陸軍教育総監だった父親を二・二六事件の銃弾で失った。修道者になり、36歳の若さでノートルダム清心女子大学長に登用されると、風当たりの強さに自信を喪失。うつや膠原(こうげん)病とも闘った▼それでも笑顔を絶やさなかった。亡くなる2カ月前、松江での講演会でもそうだった。強さと優しさを支えた言葉が、著書のタイトルでもある「置かれた場所で咲きなさい」。自分らしく生きよう。咲けない日は根を下へ下へと降ろそう-。生涯、説き続けた▼土俵に根を降ろし続け、ついに大輪の花を咲かせた男がいる。大相撲初場所で悲願の初優勝を遂げ、日本人として19年ぶりに横綱に昇進した稀勢の里(30)だ▼何度も「あと1勝」ができず、賜杯と角界の頂点の座を逃した。諦めずに体幹を鍛え、左四つの取り口を磨き、歴史に残るスローペースで夢をつかんだ▼「うれしい。感謝しかない」。優勝決定直後の支度部屋で語られた言葉と、右目から流れた一筋の涙に心を打たれた。稀勢の里の生きざまが、渡辺さんの教えと重なって見えた。冬来たりなば春遠からじ。信じた者が報われて良かった。(杉)

2017年1月26日 無断転載禁止