文明の十字路と移民の歴史

 もし「今すぐイランやイラクに行って文化に触れたいか」と聞かれたら、及び腰にはなるが、その地にあった「ペルシャ文明に興味は」と聞かれたら話は別だ▼昨年、奈良・平城宮跡で出土した木簡に波斯(ぺるしゃ)人の名前が見つかった。「続日本紀」には聖武天皇が波斯人の李密翳(りみつえい)に接見し、冠位を与えたとある。木簡からは国際的な知識を買われて役人に登用された人物像が浮かび上がるそうだ▼時代は7世紀、サーサーン朝ペルシャがアラブ・イスラムの勢力に滅ぼされ、世界中に散り散りとなった末裔(まつえい)は、極東の島国日本にたどり着いた、という説もある。日本文化の奥底にペルシャの英知が隠れていてもおかしくはない▼ペルシャ帝国はその最盛期に、様々な宗教や戦乱から逃れた学者や芸術家を受け入れ、ユーラシア大陸の「文明の十字路」と呼ばれた。移民の力を借りた繁栄という点で、近代アメリカが行ったことを1500年前に実現していた▼ペルシャでは数学が進歩した。代数学「アルゴリズム」は、それを確立したペルシャ人ファーリズミーの名前が欧州で訛(なま)ったものだといわれる。コンピューターの計算式など、これがなければ成り立たない。IT社会の生みの親だ▼トランプ米大統領は、その中東7カ国からの入国を禁止した。即断即決はビジネスマンの行動規範かもしれないが、既に一介の不動産会社社長の立場ではない。時々は文明論も紐(ひも)解(と)いて熟慮してはどうだろう。「人を見たら泥棒と思え」だけでは危なくてしょうがない。(裕)

2017年2月3日 無断転載禁止