日韓と焼き物

 薩摩焼第14代の沈寿官さん(90)=鹿児島県日置市=は1966年に渡韓し、ソウル大学で講演した。この時、日露戦争後の日韓合併条約による36年間の日本支配を語る学生を前に、「もっともだが、言い過ぎると心情は既にうしろ向きだ」とし、「36年を言うなら私は370年を言わねばならない」と話した▼沈家は韓国風の姓名を世襲。16世紀末の豊臣秀吉による朝鮮出兵で日本に連れてこられた陶工の一人で、司馬遼太郎さんの小説「故郷忘(ぼう)じがたく候」に登場する▼朝鮮出兵で拉致された陶工により、唐津や有田、伊万里、萩などの窯が開かれた。薩摩に連行された陶工は約80人。集住地域をおき、朝鮮名を名乗らせ、朝鮮の服装をさせるなどして作陶技術、製法の外部流出を防いだ▼石見焼も同様に、朝鮮人陶工に浜田や柿木(現・吉賀町)で作陶させたのが始まりとされる。「はんど」と呼ばれる水がめ、「丸物」と総称される粗陶器の生産が特徴だ。1763年には周防(山口県)から小物の製陶技法が伝わった▼「はんど」は、主に山陰から北海道にかけての日本海沿岸各地に分布。北前船の寄港地に多く見られる。現存する最古の石見焼と伝わるのは、川本町の谷戸経塚から出土した1819年の「はんど」だ▼近年、韓国・鬱陵島、ロシア・サハリンで「はんど」が確認された。両国とは領土問題でぎくしゃくするが、文化や経済などの交流では欠かせない。沈寿官さんの講演から半世紀。お互いが前向きな未来を探るべきだろう。(野)

2017年2月10日 無断転載禁止