マッドマン・セオリー

 何をするか分からないと不安にさせることで相手から譲歩を引き出す。そんな戦術が国際政治では有効なのだろうか。かつての米大統領ニクソンが「マッドマン・セオリー」(狂人理論)と呼んだ手法なのだそうだ▼数年前に出版された『ニクソンとキッシンジャー』(大嶽秀夫著)を読んでいて、気になった部分だ。ニクソンは、場合によっては世界を破滅させることも辞さないとする強硬姿勢で旧ソ連と対峙(たいじ)して、譲歩させたという▼その理論に従えば、「トランプ砲」と言われる新大統領の威嚇戦術の裏には計算があるだろうし、ロシアのプーチン大統領が節目で見せる強硬姿勢も、そんな思惑が見え隠れする。ただ、ブラフ(はったり)が幅を利かす社会は落ち着かない▼その典型が「瀬戸際外交」を続ける北朝鮮だ。日米首脳会談をけん制するように、また弾道ミサイルを発射したと思ったら、金(キム)正恩(ジョンウン)委員長の異母兄、金正男(キムジョンナム)氏まで殺害したと伝えられる。事実だとすれば何が狙いなのか▼最高権力者の心理はうかがいようもないが、ニクソンは猜疑(さいぎ)心が強かったという。昨年12月に来日したプーチン氏も毒殺への警戒心が話題になった。独裁者ならなおさら身内や側近にも猜疑心を抱き、容赦しないかもしれない▼平安・鎌倉期の随筆家、鴨長明は『方丈記』の中で、人間の心理を「財(たから)あれば恐れ多く-」と描写した。権力を失うことへの恐れはもっとだろう。度を越した北朝鮮のマッドマン・セオリーは、そんな焦りを連想させる。(己)

2017年2月16日 無断転載禁止