地域のよりよい持続へ/事実の共有 社会の生命線

 島根県立大学連携大学院教授 藤山浩

 「チョコレートの配給を週20グラムに増量してくれたというので<ビッグ・ブラザー>に感謝するデモすらあったらしい。だが、つい昨日~彼は思った~配給が週20グラムに減るという発表があったばかりでないか」

 これは、ジョージ・オーウェルが1948年に書いた未来小説「1984年」の一節である。同書は今、米国でベストセラーのトップに躍り出ている。トランプ政権が、真実とは異なる自らに有利な情報を「もう一つの事実」として主張し始めたからだ。

 最近においても、米国の2月の雇用統計において失業率が4・7%に改善したことをトランプ政権が自画自賛したという。しかし、2016年8月の選挙演説では、トランプ氏は同じ雇用統計の数字に対して「失業率が5%台とは近代政治における最大のでっち上げのひとつだ」と述べていた。本人は「かつてはうそっぱちだったかもしれないが、今では真実だ」と開き直っている。

 これは、極めて危険な兆候、いや危機そのものである。社会全体を破滅に導きかねない。私が働く研究の世界においても、自分の都合のよい統計数字だけをつなぎ合わせた論文は、見向きもされない。自らの研究や政策への「不都合な真実」に目を閉ざすようなひ弱な精神では、正しい道を見通すことはできないからだ。

 この世界は、オーウェルが陰鬱(いんうつ)に描き出したような、一握りの権力者が支配する全体主義であってはならない。全体主義では、権力者の不誤謬(ごびゅう)性を守るため、必ず情報操作を行う。しかし、「大本営発表」は、問題対応能力に自信を失って、既に負け始めている証拠なのだ。

 結局のところ、この社会や国を動かしているのは一人一人の人間である。かつての戦争が明らかにしてきたように、全体としての方針の誤りは、一人一人の人間の生命さえも左右してしまう。

 だからこそ、真実の共有が求められるのだ。研究においても政治においても、意見や判断の違いは、いろいろあっていい。しかし、共有すべき真実の姿が歪(ゆが)められているならば、意見や判断を正しい方向にまとめていくことはできない。

 私は、これからも、持続可能な地域社会に向かって研究を続けていきたいと思う。しかし、社会全体が事実の誠実な共有から遠ざかっていくならば、研究の成果や課題を伝える意義は薄れていく。地域社会や自治体においても、「不都合な真実」から目をそらしたくなる場面はあるものだ。しかし、回り道に見えても、地域住民全体で現状と課題そして可能性を共有していくことからしか、地域はよくなっていかない。

 今月14日、島根県邑南町では本年度から進めている12の公民館区による地区別戦略について報告会が行われた。勉強に来ていた国の研究機関の職員は、地区住民を主役とした積極的な話し合いぶりに驚嘆していた。確かに、各地区の取り組み状況や定住、介護の現状にはさまざまな開きがある。しかし、その違いこそ、学び合いにより、お互いを高めていくことのできる可能性を示しているのではなかろうか。

 事実をごまかすということは、相手を、支配する対象として、見下していることに他ならない。社会を動かす同じ仲間として考えるならば、事実をしっかり共有し、共に歩き出す勇気を持たなければならない。そう、私は、一人の研究者として、確信している。

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 ふじやま・こう 1959年、益田市出身。一橋大学経済学部卒。国土交通省国土政策局「国土審議会 住み続けられる国土専門委員会」委員をはじめ、国・県委員多数。

2017年3月19日 無断転載禁止