世事抄録 くらしよし

 阪神淡路大震災の直後に被災地を訪ねた。悲惨な状況が広がっているのに、人々は淡々とした表情で落ち着いていた。置かれた立て札には連絡先に添えて「希望を持って頑張りましょう」と書かれていた。地図を片手に立ち止まると、周りから声が掛かる。まちには優しさがあふれていた。

 地域の防災研修で1月末に倉吉を訪れた。地震から3カ月過ぎても、市内はブルーシートに覆われた家屋が目立った。それでも白壁土蔵の美観地区は急ピッチで修復作業が進められていた。

 発生翌日にいち早く窓口を開設した災害ボランティアセンターは、その役割を終えようとしていた。ニーズに応える迅速な対応ぶりには感心したが、高い高齢化率と人口のドーナツ化現象が進む中、経済的な負担を伴うまちづくりには課題も多いという。

 被災地には1月22日までに全国から4200人のボランティアが支援に集まった。支援の輪に被災者からは感謝や喜びの声が多数寄せられているという。

 出雲で暮らしていると、「大社さんに守ってもらっているから安心だ」という話をよく耳にする。倉吉も「くらしよし」といわれ、災害が避けて通る町といわれてきた。地震の知識を持たない町が経験を共有しながら災害を乗り越えようとしている。倉吉のまちは阪神淡路の体験と重なる。町の再生は早いと感じた。

(出雲市・呑舟)

2017年3月19日 無断転載禁止