忖度する空気

 大統領罷免という事態になった韓国の政権について、作家で元外交官の佐藤優さんが以前、「忖度(そんたく)政治」と論評していた。いつの間にか「裸の王様」状態になったために招いた結末なのだろう▼日本でも今、豊洲市場移転や森友学園問題の背景として、責任があいまいになる「忖度」や「空気」による決定の有無が指摘される。「あうんの呼吸」や「以心伝心」の文化があるだけに、あながち否定しにくいところだ▼一般のサラリーマン社会でも、名前の通った有力者の身内が絡んだ案件があれば、上司に伝えて判断を仰ぐ。そして、その人物が大物になるほど判断は上層部に委ねる。下っ端では、直接その意向を確かめるのも難しいからだ▼豊洲市場問題に続き森友学園問題でも証人喚問が行われる。本人の意向とは別に、その「威光」を忖度したり、逆に「威光」を忖度する文化に付け込まれたりしていないか、気になる▼そう思うのは、3年前に内閣人事局ができて、各省庁幹部の人事権を官邸が握るようになったためだ。縦割り行政の弊害をなくす効果を狙ったものだが、副作用として意向や威光を忖度する空気が濃くなっていても不思議ではない▼福沢諭吉は『学問のすゝめ』で「信の世界に偽詐(ぎさ)多く、疑の世界に真理多し」と諭した。それぞれの主張を鵜呑(うの)みにせず、疑いの目で冷静に見るところから問題の本質や社会の進歩の糸口が見えてくるはずだ。予断を持たずに目を凝らして、必要なら「無責任体質」を考え直す契機にしたい。(己)

2017年3月23日 無断転載禁止