箱の中の虚無

 学生時代、デパートの宅配アルバイトをした。歳暮、中元の季節、毎日のように荷物を届ける家もあり、留守の時には隣家に頼み、受け取りサインをもらった▼今のようなきめ細かな再配達や時間指定はなかったが、それでも「ありがとう」の言葉一つでうまく回っていた。売った店とそれを運ぶ業者、受け取る人と最終的な届け先には、お互いを思いやる絶妙な「間合い」があったと思う▼宅配サービスは当時と比べものにならないほど精密になった。その裏では荷物の4割を占めるインターネット通販の増加に、ドライバーが悲鳴を上げている。配達の時間指定も厳しく、留守宅に何度も通う今の配達には無理がある▼小さなパソコン用品一つでも、大きな段ボール箱の底に貼り付けて送られてくるが、全自動化された物流倉庫の中を流れるには、箱のサイズが揃(そろ)った方が都合がいいのだろう。箱の中の無駄な空間、一種の「虚無」が人を苦しめる▼デパートなどでは、売り場で商品を確かめた後、家に帰ってネットで最安値を探し、送料無料を確かめて買うお客が増えた、と嘆いていた。失われているのは買い物の楽しさだけではないようで、地域の商業と街の活気も失われる▼そういえば、配達先で駄賃をもらうこともあり、貧乏学生にはありがたかった。そういうお金は地域で循環する。ある意味「賢い地域消費」なのだろう。便利なネット社会に生きているが、少し立ち止まって、地元の店を大切にし、中身のある買い物も考えてみたい。(裕)

2017年3月25日 無断転載禁止