世事抄録 働くということ

 酒の席で、なぜ働くのかと尋ねた。大半が生活のため、人生を楽しむ手段と答えたが、社会との関わり、社会への感謝だと真摯(しんし)に答えた友がいた。繰り返し問うて分かった。自分の働きを「労働」と見るか、「仕事」と考えるかで分かれるようだ。

 労働は、雇用関係の下で働き、すべて賃金に集約される。仕事は、報酬だけでなく社会からの評価や達成感も意識する。社会貢献や職業的な誇りだ。それが働く目的に表れる。

 しかし疎外された労働がむなしいことかといえば、そうでもない。サービスや商品を購入するお客の喜びを考えて働き、それが売り上げという現象となり、評価と満足を生む。逆に自己実現の仕事でも、創ったものを要らないと言われれば社会的に意味がない。結局、労働も仕事も働く自分だけでなく、対象である他者もいるのだ。

 働く意味もそこにある。何をするかという内容や質ではない。働くとは、誰のために、なぜ働くか、そして感謝されているかという他者との「関係性」にほかならない。言い換えれば、大切と心を置いた人のために働き、その人に感謝される関係構築が、働くことの本質だ。そして社会は、その関係が健全で社会的であるかどうかで評価する。

 会社を起こして5年。今、人との出会いと関係に深く感謝する。

(埼玉県在住、島根県奥出雲町出身・鬼灯)

2017年3月26日 無断転載禁止