痛みを乗り越えて

 劇的な逆転優勝から一夜明けた新横綱稀勢の里。左肩のけがを押して相撲人生を賭けた春場所千秋楽を振り返って「これ以上のものを自分に求めてやる。維持するだけでなくひとつひとつ階段を上がっていく」。心配されるけがについては「自分の落ち度。検査はするが、大丈夫でしょう」と楽観してみせた▼稀勢の里のしこ名には稀(まれ)な勢いで駆け上がるという意味が込められている。30歳にして横綱昇進は遅咲きであり、稀な勢いとは縁遠い。しかしその頑健な身体と責任感が、稀に見る逆転優勝を導いた▼感動の千秋楽まではらはらさせられ通しだった。相手に攻め込まれた末に土俵際で回り込んだり、突き落としたりの逆転勝利が続いた。脇が甘くて腰高。その弱点をさらしながら勝負には勝つ。取り組みの後、一点を見据えるような表情はどうだと言わんばかりでもあり、苦し紛れの勝利を照れ隠しするようにも見えた。相撲に負けて勝負に勝つことへの気後れを紛らそうとしていたのだろうか▼千秋楽の出場はまかり間違えば、力士生命に影響しかねなかったが「上(上半身)がだめなら下(下半身)がある」と足を使って勝負に出たという▼小中学校時代から学校を休んだことがなく、皆勤賞は角界入りしてからも続く。休場したのは、初土俵から12年目の3年前の初場所千秋楽の一日だけ。7勝7敗で迎えた大関時代▼モンゴル勢に独占されていた横綱に日本出身力士の意地が加わる。浪速の春を飾る賜杯に稀な勢いの風が吹き抜ける。(前)

2017年3月28日 無断転載禁止