原発事故の避難指示解除/小まめな被災者支援を

 政府は、東京電力福島第1原発事故で福島県浪江、川俣、富岡の3町と飯舘村に出ている避難指示を31日と4月1日に解除する。指示区域以外の場所から逃れてきている「自主避難者」に対する住宅無償提供も打ち切られる。

 「震災から6年を経て、復興は着実に進展、新たな段階に入りつつある」という安倍晋三首相の発言が政府の見解だ。

 除染が進んで、行政機能が戻ってきた結果、住み慣れたふるさとに帰還できる人が増えることは意義のあることだ。だが、多くの原発事故被災者の中には「帰りたくても帰れない人」が多数いることを忘れてはならない。

 指示解除によってふるさとに帰れたとしても、医療や介護、買い物など暮らしに不可欠なインフラの復興は依然として不十分で、事故前には考えられなかった不便を迫られる人も多い。

 こうした人々の苦境が、復興の進展をアピールする政治の視野にきちんと入っているかとなると、心もとない。

 目に見えない放射性物質による汚染が長期間にわたって続くという原発事故の被害は、津波や地震という自然災害の被害とは大きく異なる。

 被災者支援についても、それぞれの事情に応じた小まめな対応が重要で、女性や妊婦、乳幼児には特別の配慮も要る。だが、これまでの復興、支援対策は「帰ることができる人」を中心に行われてきたと言わざるを得ない。

 「ふるさとを捨てるのは簡単だが、戻って頑張っていくんだという気持ちを持ってもらいたい」との今村雅弘復興相のテレビ討論番組での言葉はそれを典型的に物語る。

 住宅提供はあったものの自主避難者の生活再建に関する支援はこれまで極めて手薄だった。前のめりとも言える形で、帰還を進めようとする行政の姿勢に、疑問や反発を抱く住民も多く、これが地域社会に亀裂を生んでいる。

 避難指示が解除された地区の住民と、放射線量が高く、依然として戻ることがかなわない帰還困難区域の住民との格差も問題になっている。これは事故後の復興政策が生んだ二次被害だとも言える。

 国は、除染などを通じて、被災地の住民が受ける追加被ばく線量を、一般人の被ばく限度と同じ年1ミリシーベルト以下にすることを目指すとしているが、それをいつ達成するのかを示していない。今回避難指示が解除される中に、場所によっては放射線管理区域の基準である3カ月当たり1・3ミリシーベルトを超える可能性があることなどが指摘されている。

 仮に現状の放射線レベルが健康に影響のないものだったとしても「原発事故の被災者だけが放射線レベルが高い中での暮らしを強いられるのは不公正だ」という被災者の指摘も理解する必要があろう。

 ふるさとに帰る人、帰らない人、帰れない人。立場や考えはさまざまだが、それぞれの悩みは尽きない。原発事故がなければ抱えることがなかった苦しみや悩みである。

 原因企業の東電にはもちろん、国策として原発を推進してきた国にも、すべての被災者、特に社会的な弱者に、小まめで息の長い賠償や支援を続ける責任がある。「避難者」ではなくなっても「被災者」でなくなるわけではないからだ。

2017年3月31日 無断転載禁止