十五の春の教訓/先輩への思いやり知る

 済生会江津総合病院名誉院長 堀江裕

 桜の季節が終わり、5月の若葉の萌(も)え出る希望にあふれる季節になった。「十五で姐(ねえ)やは嫁に行き」とか「十五の春は泣かせない」という言葉がある。もう半世紀も前になるが、私の十五の春の教訓について述べてみたい。

 私は15歳の春、高校のバスケット部の門をたたいた。入部式で顧問の先生のあいさつは「先輩の後輩に対する思いやりは大事だが、後輩の先輩に対する思いやりも大事である。先輩が口に出せないことに気を利かせ、してあげるのが後輩の務めである」という内容であった。

 後輩が先輩を思いやるとは想定外で、いたく感銘した。自分が70歳近くになっても使えるとは当時思わなかった。その後、この言葉は私が本を選び、人生を生きていく上の処世訓としてバックボーンとなって今日に至っている。

 昭和の高度成長期に重なった学生生活は、学園紛争が盛んで、ゆっくり机に座って勉強する雰囲気とは縁遠かった。勉強よりクラブ活動やアルバイトで忙しかったが、世の中は文学全盛時代で多くの有名作家輩出の時代を満喫できた。特に三島由紀夫の文武両道の格好良さにひかれて、ファンになって愛読した。その一冊が葉隠入門(新潮社)である。

 葉隠武士道は佐賀藩の山本常朝の作で「武士道とは死ぬことと見つけたり」とか「恋の至極は忍ぶ恋と見立て候。打ち明けてからは恋の丈は低し」などで有名だ。しかし、三島流葉隠入門ではまた別の言葉を取り上げていて「男の世界は思いやりの世界である。男の社会的能力は思いやりである。武士道の世界は緻密な人間関係の思いやりで支えられていた」と喝破している。面白い表現だとこれまた感心して枕元に置いて愛読した。

 1972年に田中角栄氏が首相に選出され、日本列島改造論や自民党総裁選の過熱ぶり、日中国交回復などが世の中をにぎわした。私は74年に内科医局に入局したので、医局長時代に人間関係で暗礁に乗り上げて、わらをもつかむ思いで読みふけったのは自民党戦国史(伊藤昌哉著・朝日ソノラマ社)であった。

 伊藤氏は池田勇人首相の秘書官を務めた政治評論家である。後に大平正芳氏の相談役として永田町の様子を自分の信仰している宗教的感覚を取り入れ、政治の世界の裏表を書いてあって興味深く愛読した。

 私が思う伊藤氏の圧巻の解説は、87年に中曽根康弘首相が、後継候補である宮沢喜一、安倍晋太郎、竹下登の各氏の中で、なぜ郷土の竹下登氏が指名されたのかだった。

 伊藤氏の推論は、指名の前に竹下氏は二人きりで中曽根首相に面会し、中曽根総理の胸の内を忖度(そんたく)し、おもんぱかって何事かを提案した結果、総裁を勝ち取ったとされる一節がある。まるでその場に居合わせたような描写で、人間心理学の教科書だと思った記憶がある。

 最近、普段忘れ去れていたような「忖度」という言葉が注目され、今年の流行語大賞に選ばれそうな勢いである。忖度も詰まる所は人間関係における思いやりである。忖度から、十五の春に学んだ高校の先生の『後輩の先輩に対する思いやり』を思い出した。思いやりも「過ぎたるは猶(なお)及ばざるが如(ごと)し」だなという感想を持って半世紀前の思い出を書かせていただいた。

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 ほりえ・ゆたか 雲南市吉田町出身。鳥取大医学部卒。鳥取県の日野病院長などを経て、2004年6月に島根県済生会江津総合病院院長に就任。15年4月から同名誉院長。

2017年4月23日 無断転載禁止