三徳山に思う

 山陰屈指の山岳信仰の行場(ぎょうば)で、鳥取県中部地震で登山ルートが被災した三朝町の三徳山三仏寺。迂回(うかい)路ができて半年ぶりに入山が再開された▼修験道の開祖・役行者(えんのぎょうじゃ)が、麓で造ったお堂を法力で飛ばしたとの伝説が残る国宝・投入堂は、震度6弱の地震にあっても、変わらぬたたずまいを見せていた。建物は平安時代後期には既に断崖絶壁にあったというから、いにしえの技術力に舌を巻く▼お堂までの道のりは標高差200メートル、距離にして700メートル。岩や木の根を手掛かり、足掛かりに斜面をよじ登る。被災場所では亀裂が入った岩盤を横目に、新設された鎖場を伝う▼肝心の亀裂はようやく調査が始まったばかり。本格修復のめどが立っていない。費用は軽く1億円を超えるという。急斜面の山中に資材を運ぶだけでも、莫大(ばくだい)な費用がかかるからだ。山を管理する寺は、通常ならまず地元へ寄進を募るところだが、多くの住宅の屋根にブルーシートがかかったままの住民は同じ被災者。お願いはためらわれた▼このため迂回路の資金はネットのクラウドファンディングで調達。870万円もの寄付には、全国から励ましの言葉が添えられ、募集を担当した寺の米田良順執事次長が「山は地元だけでなく、みんなの財産。次の世代へも伝えなければ」と思いをかみしめる▼災害を乗り越え、文化財を大切に保存し、活用にも供する理想型がここにある。日本遺産としてのキャッチフレーズ「日本一危険な国宝」に足を運ぶ価値はさらに増した。(示)

2017年4月24日 無断転載禁止